久しぶりの地区のお祭り

新型コロナの鎮静化で、過去のいろいろな行事も復活している。私の住んでいる地区では、4年ぶりに夏祭り(盆踊り)が復活した。お神輿が地区を練り歩き、近所の公園で屋台が出て、やぐらが組まれ、太鼓が叩かれ、盆踊りが行われた。

その盆踊りには、地区や近辺から、親子ずれや友達同士で参加し、浴衣姿の女の子も多く、何か華やいだ雰囲気。同級生同士は旧交を温めている風であった。屋台に並ぶ人が多く、盆踊りを踊っている人は少ないが(それも年寄りの女性が多い)、大人を真似して踊る子どもや幼い子もいて、和やかな雰囲気。うちでも子ども達(孫=小3&5男)が、太鼓叩きの練習に参加し、やぐらの上で、太鼓を叩いていた。地区の人が同じお祭りの空間を共有することで、地区への愛着を高まることを実感した2日間であった。

広島大学高等研究開発センターの思い出

広島大学高等研究開発センターが創設50周年を迎えるということで、私にも原稿依頼があった。私にも依頼があるということは、この50年間の多くの客員研究員に対して依頼がなされ、多数の人が書くものと思い、A4に1枚の短い「思い出」の文章を送った。

その原稿が掲載された冊子(『大学論集 第56号 2023年度別冊』(2023.7)が送られて来た。中をみて、びっくりした。執筆者は8名のみで、しかも私を除き有名な方(大崎仁、絹川正吉、市川昭午、山田圭一、黒羽亮一、有本章、関口礼子の各氏)ばかりで、しかも、皆長い歴史に残る読み応えのある論稿を書かれていた。まさに私は短い原稿で「末席を汚した」なと感じた。

冊子のはしがきに、小林信一・センター長が「今回は本センターに何らかの関係があった概ね80歳以上の先生に執筆をお願いした」と書かれていて、そんなこと聞いていない(あるいは見落としたのかもしれない。長さも自由と言われた。私は80歳にはなっていない)と思ったが、少数の掲載であることは納得した(いずれ、これらの優れた論稿は、広島大学のWEBでも読めるようになると思う)。

(以下、私の書いた「思い出」文章の一部を転載しておく)

大学で涼む

この猛暑で、暑さに苦しんでいる人も多いと思う。でも、自宅にしろ職場にしろ、エアコンの効いた中で過ごす時間の多い人は、猛暑もそれほど苦にならないのかもしれない。

私の場合、家でPCがあり一番過ごす時間が長い部屋にクーラーがない為、さすがに室温が30度以上になると扇風機だけでは耐えられず、クーラーのある部屋に避難する。そこで本を読んだりテレビを見たりするのだが、その日々にも飽きて、今日(7月27日)は、敬愛大学に行ってみた(自転車で20分)。

炎天下でも風が吹いているので、自転車で20分くらいはそれほど苦にならない。大学は全館、冷房が効いていて快適である。今学期は授業を担当していないので、顔見知りの学生が皆無で気楽である。大学の図書室には、新聞や雑誌や新刊書もあり、読むものに事欠かない。講師室では、お昼を食べながら、テレビで千葉県の高校野球の決勝戦を観る。共同の研究室では、4月に新しく支給された専用のPCで、この文章を書いた。

大学の図書館(室)や研究室は、大学教員にとってとても有難い場所だと思う。冷暖房が完備していて快適だし、本はそろっているし、PCやWifiの環境も整っているし、読書や仕事をするにはもってこいの場所である。

ただ私の場合、専任の教員の時は、その有難さはあまりわからず、自宅から遠かった(千葉→江古田、四ツ谷)ということもあり、休みの日にわざわざ大学に行くことがなかった。大学に来ている日には、次々と授業、会議、訪問客や学生が来て、図書室や研究室で本を読んだり、仕事をするということはできなかった。今の敬愛大学で専任の先生方を見ても自宅が遠方の人が多く、研究室の使い方はかっての私と同じ人が多い気がする。大学や研究室がもう少し活用されてもいいように思うのだが(涼むことも含めて)。

「末席を汚す 」の意味

ある冊子を読んでいて、「末席を汚す」という言葉を使って感想を書きたいと思った。その意味が曖昧(他者を非難する言葉なのか、自己卑下の言葉なのか)の為で、生成AIに聞いてみた。以下がその回答

Microsoft Bing― 「末席を汚す」は、「参加させていただく」という謙遜の意味で使われます。 会合に出席したり、仲間に加わったりすることを謙遜していう語 です。「汚す」は「けがす」と読みます

ChatGPT―「末席を汚す」という表現は、日本語の慣用句の一つです。この表現は、そのような人を他者が貶す言葉ではなく、むしろそのようにした(と思った)人が自分を卑下する言葉です。この表現は、主に自己評価が低く、自分の能力や地位に自信を持てない人が、自らの行動や存在に対して否定的な意味を込めて使います。たとえば、会議や集まりなどで自分が参加者の中で地位やスキルが低いと感じた場合、自分の存在が場の中で浮いている、役に立たないと感じることから、「末席を汚す」という表現を使うことがあります。

あまりに素敵な「同窓会」(ウーラント同“窓”会)

私たちは歳を取ってくると昔を懐かしみ、学校や大学の同窓会を開催し恩師も招いた同窓会を開くことをするが、それと違った「同窓会」(ウーラント同”窓”会)のあることをこのブログでも紹介したことがある(https://www.takeuchikiyoshi.com/2022/10/07/)。 

その私のブログに関しては、ウーラント同”窓”会の中村喜一氏が次のように書いている。

<語り継ぎの足跡-2 ―ブログ「武内清(教育社会学)研究室」に、平成24年(2022)10月7日、「同窓会について」と題した記事を掲載し、その後半で「変わった同窓会」として、詩「渡し場」、ウーラント同”窓”会、および『「渡し」にはドラマがあった』などを紹介した。>(https://uhland.anjintei.jp/uh4-551-watasi-katari-takeuchi.html)

その同窓会は、ドイツ語の詩「ルートヴィヒ・ウーラント(1787-1862)作 Auf der Überfahrt(渡し場)」に感銘を受けた人が集まり、その感銘をもとに「同“窓”会」を作り(2006年8月16日発足)、その詩の由来や関連事項を調べ、交流を続ける会である。メンバーのひとり(中村喜一氏)がその記録をホームページに残すと共に、皆で歴史的な考証の本まで出版している(『「渡し」にはドラマがあった』2022年1月14日 刊)。

その同窓会のメンバー6名が、この5月下旬に、ドイツ詩の書かれた現地(ドイツのウーラントゆかりの各所)を訪ね、さらに研究を深めたとのこと。現地でも大変な歓迎を受け、現地のウーラントの専門家とも交流している。その記録と写真が、ホームページに掲載されている(下記参照)。世には、素敵な「同窓会」があるものだと感心した。

<5月下旬に、友を想う詩の古里・誕生の舞台を訪ねるために同好の仲間に誘われて、ドイツ旅行に出かけました。ロシア上空を飛べないので、往路はアラスカ上空経由での約15時間のエコノミー席は、辛かったです。ドイツで、ウーラントゆかり各所を訪ねた記録写真を、Webサイト「按針亭」のサブサイト「友を想う詩!」のうち「詩の舞台」に新たに設けたページ「5. 誕生2百年 ホーフェン訪問」にまとめ、公開しました(https://uhland.anjintei.jp/index.htm 参照)。ホーフェン郷土史家ヴォルフガング・ツヴィンツ氏には、ご一家挙げての歓迎を受けたことは、想定を越えたものでした。老いの身に鞭打って出かけてよかったと思っております。(中村喜一氏からのメールの一部転載、氏の按針亭サイトマップ https://anjintei.jp/sitemap.html