オリンピックによる国民性の育成ついて

今テレビを付けるとNHKも民放もイタリヤで開催されている冬季ミラノ・コルティナオリンピックの実況や話題一色で、オリンピックは良くも悪くも国家意識(ナショナリズム)高揚の役割を果たし、同時に日本人性(国民性)の強化はかる役割を果たしているものだと感じた。

放映の前半では、スキー混合団体ジャンプの高梨沙羅選手が、前回のオリンピックでのスーツ法違反からの挫折を乗り越え、今回の混合団体ジャンプで銅メダルを獲得したことが大きく報じられ、挫折からの立ち直りと異性の仲間との協働の大切さが大きく印象付けられた。

後半では、日本のりくりゅうペアの金メダル獲得はテレビで何度も放映され、新聞の号外が出るほど日本中が沸き、絶望的なミスからの一夜にしての立ち直りと、理想的な男女ペアの姿に感動の渦が巻き起こった。「フィギュアスケートのペアというものは他者との切磋琢磨の中で人間性が鍛えられる極めて得意な競技ではないか」、という人もいて、ペア(きょうだい、恋人、友人、夫婦)の日本人の理想の姿が、このりくりゅうペアに投影され、、感動した人も多かったのでないか。

このように今回の冬季オリンピックでは、男女混合の集団やペアの力を見せてくれたが、日本の同性ぺアや同性集団の輝きは、あまり見られなかったのは残念。いずれにしろスポーツは、社会のあり方や国民性を反映し、同時にそれを強化する面があると思う。

E.シュプランガー著・黒澤英典訳『教師養成についての考察』(人言洞、2025年)

今、大学の文系の学部や大学院の演習(ゼミ)などで、その分野の古典を読む授業はなされているのであろうか。昔は、そのような授業は多かった思う。同時に各分野の古典の翻訳も多く刊行されていた。教育学の分野でも、教育思想の主な学者の翻訳本が全集のような形で出ていたように思う。今は、そのような本を古本屋に持っていっても買い取ってもらえないのではないか。しかし、古典の価値は相変わらずあると思う。

この度、黒澤英典先生(武蔵大学名誉教授)より、教育学の古典の1冊を最近翻訳されたものを送っていただいた。その礼状の一部を転載する。

<名著のご翻訳書『教師養成についての考察』(シュプランガー著、人言洞,2025年)をお送りいただき、ありがとうございました。翻訳書を拝見して、驚き感激していろいろ思うこと、教えられることが多々ありました。今日本で、若い人の教師志望が減少している中で、教師の仕事の価値、陶冶性、学問性を哲学的に説いた古典の名著の翻訳は、とても時期を得た貴重なもので、役立つだけでなく、後世に残るものだと思います。 翻訳の文章は練られた明解なもので、いろいろ学べ、考えさせられます。80歳代後半の黒澤先生の教育研究や教職への情熱は、衰えるものではなく、熱いものが感じられ、それに心打たれます。先生の御著作を読み、少しは見習わなければと感じた次第です>

 

国や文化による考え方の違いを生成AIに聞く

質問―文化や国のよる考え方の違いについての質問です。「軍隊の基本が銃を執って立ち上がる市民(miltitia)」だという考え方(米国)は、召集令状で徴兵されるのが軍隊だと思っている国(日本)の人間にはよく理解できない」(A),「欧州車の燃費計はガソリン1㍑で何㌔走れるか(日本の考え方)ではなく、100㌔走るのに何㍑必要かを表示する。これは文化の違いである」(B)ということを、別々の文献で読んだことがあります。これらの指摘は正しいのでしょうか(質問1)。同じように、文化や国が違うと、考え方や表示の仕方が違うものにどのようなことがありますか。いくつか例をあげてほしい(質問2)

チャトGPTの回答ー大変興味深い問いですね。文化や制度の違いが「思考の前提」や「表示の形式」にどう表れるか、という問題です。/ 質問1―(A)「militia 的発想」と日本の軍隊観の違い。この指摘は大筋で妥当です。ただし単純化はされています。🇺🇸 アメリカの発想―アメリカ合衆国は独立戦争の経験から、「武装した市民が自由を守る」という理念を強く持ちました。合衆国憲法修正第2条、植民地時代の市民民兵(militia)の伝統、正規軍(standing army)への警戒。この思想は、現在の州兵制度や銃所持権の議論にもつながっています。つまり軍隊は国家が人民を動員するものではなく人民が国家を守るために武装するものという逆向きの構図があるのです。/ 🇯🇵 日本の発想. 一方、日本の近代軍は山縣有朋らが主導した徴兵制(1873年)に始まり、天皇の軍隊(統帥権)、国家が国民を召集する制度という構造でした。つまり、軍隊は国家の制度であり、市民はそこに動員される存在という理解が強い。このため、「軍隊=市民が武装する」という米国型の思想は、日本人には直感的に理解しにくい、という指摘は概ね妥当です。/(B)燃費表示の違いは文化の違いか?これも事実としては正しいです。🇯🇵 日本「1リットルで何km走れるか(km/L)」→ 数字が大きいほど良い。🇪🇺 欧州「100km走るのに何リットル必要か(L/100km)」→ 数字が小さいほど良い。欧州はメートル法圏で、「一定距離あたりの消費量」で考えるのが標準的です。これは単なる単位の違いではなく、日本:効率(どれだけ走れるか)、欧州:消費量(どれだけ使うか)という視点の置き方の違いが見える、という意味で「文化差」と言えるでしょう。/ 質問2-文化や国による「考え方・表示の違い」の例.いくつか分野別に挙げます。/ ①  日付の書き方、🇯🇵:2026年2月17日(大きい単位→小さい単位)、🇺🇸:February 17, 2026、🇪🇺:17 February 2026 時間・順序の感覚が反映されます。/ ②名前の順序、🇯🇵:姓→名(山田太郎)、🇺🇸:名→姓(John Smith)、個人を先に置くか、家を先に置くかという文化的背景。③個人と集団の発想(より深い文化差)🇺🇸 個人主義的契約社会、権利(rights)中心、🇯🇵 関係性重視、義務・役割中心。この違いは教育、法制度、軍隊観、職場文化にまで及びます。(以下略)

関東は久しぶりの雪と雨で、木々は潤う

 寒い冬の季節は、庭で咲いている草花も少なく、咲いている花も夜の寒さの為、元気がない。それにこの冬は太平洋側は雨がほとんど降らず土も乾燥し、木々は大丈夫なのか心配していた。それが2月8日の衆議院選挙の日に千葉でもかなりの雪が降り積もり、うちで夜は寝泊まりしている地域猫(名前はジョバンニ)も、起きて久しぶりの雪を見てびっくりしている様子がおかしかった。

また今日(2月11日)は1日中久しぶりの雨で、庭の草木や近所の木々も喜んでいるように見える。お陰で私は外でのテニスができないのが残念だったが、そのような時は卓球に切り替え、久しぶりに近くの体育館での高齢者仲間との卓球を楽しんだ。

KODAK Digital Still Camera

佐久間ダム(千葉)に水仙と梅を見に行く

今年に入り日本海側は大雪とのことだが、太平洋側の千葉は天気のよい日が続いている。夜には寒くなるが、日の当たる昼間は比較的暖かい日が多い。2月3日(火曜)は天気がよく、昼前に急に水仙を見たくなり、南房総の「佐久間ダム」に車で行くことになった。

 高速の館山道を途中で降りて天羽の別荘地にも寄り、そこから東京湾の眺めと雪を被った冬の富士山の眺め(ダウンロード写真の1と2)、佐久間ダムをめざした。

 佐久間ダムでは、日の当たるところの水仙の花はもう旬を過ぎていたが、日陰の水仙はまだ見頃で水仙特有の香りを楽しむことができた。数は多くないが満開の梅の花も見ることができた。それにこれはまだ早すぎると期待していなかった頼朝桜(河津桜)に幾つか満開の花があり春の訪れを感じた(下の写真)。

 このようにお昼前に急に思いたっての外出であっが、水仙、梅、頼朝桜と少し時期がズレている3種の花を同時に楽しむことができた。帰りは、旧保田小学校跡の道の駅に寄り、頼朝桜、水仙、ストックの花やアグロステンマやスィトピーの苗を購入した。春の花はさらにこれからが楽しみ。

KODAK Digital Still Camera
KODAK Digital Still Camera