ツツジの季節3

昨年の4月22日のブログに「千葉市の昭和の森公園に、ツツジを見に行った(家から車で30分)。平日で人は少なく、花は綺麗であった。広い公園の一角に鯉のぼりが上がっていた。その先の九十九里海岸にも行き、広々とした海を眺め、帰りに大玉の「白子の玉ねぎ」の10キロ入りを3袋購入し、近所の知り合いにも裾分けした。」と書いた。

今日は4月30日なので、「昭和の森」のツツジも満開であろうと期待して出かけた。公園内は連休2日目で、鯉のぼりも上がり家族連れは多かったが(5244)、ツツジが少ししか咲いていなくて(下記)、がっかりして1時間もいなくて退散した。ツツジの開花がまだなのか、最近の強風と雨で散ってしまったのわからない。その後九十九里海岸にも行ったが、海は風が強く、砂浜に降りることはできなかった(5246)。今年の「白子の玉ねぎ」は雨で不作とのことで、値段が1.5倍になっていた。昨年と同じことをしても、同じになることはないことを実感(体験)した。

追記 本日(3日)娘家族が九十九里の白子で買った玉ねぎは、昨年と値段が変わらなかったという。私達が玉ねぎを買った海岸沿いの道路ではなく、少し内陸側に行った玉ねぎ畑では、希望者には玉ねぎ堀も体験させてくれて、大きな白子玉ねぎが10キログラム1200円だったという(私たちが買ったのはそれより800円高い2000円)。消費者としてしっかりしなくてはと思った。

ツツジの季節2

今、千葉ではどこでもツツジが綺麗な季節になっている。近くの稲毛海浜公園の内側の歩道もツツジが綺麗に咲いていた(下記)。海の砂地ではハマヒルガオが咲き(5214)、鳩もいて、結婚式の写真を撮る人もいて(5220)、公園ではフジ(藤)が咲いていた(5229)。

ハナビシソウ

1週間ほど前に、私はハナビシソウの種を苗床に撒いたところ、細い小さな芽が出てきた(1センチ程度)。この小さな芽が今から大きくなるかどうかわからない。種を撒くのが遅すぎたのかもしれない。それにしても、草木は芽を出す季節をどのように感知するのであろうか。不思議である。また、遅れて芽が出たものも、大きくなり花が咲くのであろうか。今年もたくさんのハナビシソウが、近所の道路わきにたくさん咲いている。(ネットで、ハナビシソウについて調べる)

ハナビシソウ;盃(さかずき)状に大きく開いた鮮やかなオレンジ色の花は、遠くからでもよく目立ち、満開時には地面を覆いつくしてオレンジ色のカーペットを敷いたようになります。輝きのある花は、日中に開き、夜間や雨天は閉じています。開花期が長く、丈夫であまり手がかかりません。ワイルドフラワーとしてほかの草花との混合種子も売られ、直まきで栽培されることもあり、自然のお花畑のような花壇もつくれます。北米カリフォルニアの州花にもなっていて、ネバダ州からテキサス州まで広く自生しています。野生種の花色はオレンジ色が基本で、園芸品種には、赤やピンク、白があり、花色混合の一重咲きミックスのタネも流通します。八重咲きもあります。

https://www.shuminoengei.jp/m-pc/a-page_p_detail/target_plant_code-740

理想、タテマエの大切さ

ホンネとタテマエのどちらが大切か、あるいはどちらが人を行動に駆り立てるのはどちらだろうと考えることがある。人は利己的で、自分の損得を第1優先で行動を選択する(ホンネ優先)という見方が普通であろう。しかし、実際は、理想や大義や筋といったもの(タテマエ)が、世の中を動かすことがある。内田樹の下記の文章を読み、そのようなことを感じた

<ポイントは、「政治的正しさ」(ポリティカル・コレクトネス)です。今回、ゼレンスキー大統領は国際社会に向けて「われわれは、自国領土や市民の自由と権利を守っているだけではなく、この戦いを通じて、世界中の人々の自由と権利をも守るためにも戦っているのだ」というメッセージを発信しました。ウクライナは自国の独立や国益より「上位の価値」を守るために戦っていると訴えた。そして、そのメッセージには十分な説得力がありました。ウクライナに世界中の市民から支援が殺到したのは、そのためだと思います。/ これまで紛争では被害国は「自分たちの領土が侵されていること、生存や自由や権利が脅かされている」ことを訴えはしましたけれど、それを守ることがそのまま「万人の生存や自由や権利を守る」ことに通じるというメッセージを発信することはできなかった。ですから他国の人々は「気の毒に」とは思っても、侵略されている人たちが「われわれのために戦っている」という印象を持つことはなかった。/ロシアはNATOの東方進出で自国の安全が脅かされたという「戦争理由」を掲げました。でも、これはいかにプーチンにとって切実だったとしても、ロシアの国益にしかかかわりがない。ロシアを超える「上位価値」のための戦いであるというメッセージをロシアは発信できませんでした。/ 人が「反抗」するのは、それが自分個人の運命にのみかかわることではないと感じた時です。自分一人が苦痛に耐え、屈辱を甘受すれば済むということについて、私たちはそれほど激しくは抵抗しません。/ カミュはこう書いています。「人が死ぬことを受け入れ、時に反抗のうちで死ぬのは、それが自分個人の運命を超える『善きもの』のためだと信じているからである。/ 今回は「政治的正しさ」が戦争の勝敗を分けるほどの威力を発揮した。/「正義と公正」のために戦う人間なんかいやしない。みんな自己利益のためだけに戦っているのだというシニシズムが支配的だった時代だと思っていたら、意外にもウクライナの市民たちは「正義と公正」を掲げて国際社会のモラルサポートを勝ち得た。「きれいごと」の現実変成力の大きさを証明した。>(内田樹の研究室 2022-04-21http://blog.tatsuru.com/2022/04/21_1156.htmlより一部転載) 

敬愛大学・千葉敬愛短期大学リポジトリー

大学のHPには、いろいろ記録が残っていて、便利なことがある。敬愛大学のHPには、(なかなか探すのは難しいが)、私が過去に書いた原稿や私たちの調査報告書が一部掲載されている。それは、「敬愛大学・千葉敬愛短期大学リポジトリー」(https://keiai.repo.nii.ac.jp/)というサイトである。

敬愛大学国際研究、33号 武内清「教育的知識の社会学:深い学びに向けて」(https://keiai.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=3188&item_no=1&page_id=13&block_id=21)

同30号 武内清「学生、大学教育、学問他について : 教育社会学からの考察」(https://keiai.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=2981&item_no=1&page_id=13&block_id=21)

科研費報告書 武内清編「現代の学生文化と学生支援に関する実証的研究:学生の「生徒化」に注目して」(https://keiai.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=2696&item_no=1&page_id=13&block_id=21)である。