教育原論Ⅱの試験問題候補

敬愛大学で担当している「教育原論Ⅱ」の学期末試験がもうすぐ(2月1日)である。この授業では教育のことを考えるのに役立つであろうことを、さまざまに話した。資料で配布したプリントも50枚(ページ)近くになると思う。学生がどこに焦点を絞っていいかわからず、勉強しないと困るので、あらかじめ問題の候補を出しておいた。それが以下である。

2012年 教育原論Ⅱ 問題 候補 
 
1  現代日本の家庭教育の特徴はなにか。
2  家庭の教育力を高めるためには、何をすればよいか。
3  幼児期の特徴について説明しなさい。(幼児期の孤独など)
4  学校行事の機能について説明しなさい。
5  学校のもつ「権力」について説明しなさい(「内在的な権力」など)
6  競争と教育の関係について説明しなさい。 
7  ボランティア活動と教育の関係について説明しなさい。
8  多様な文化を、教師はどのように扱えばよいか。
9  公立学校の役割は何か。
10  「レス ワース(よりひどくない)」の選択について、教育の例で説明しなさい。
11  からだとことばの関係について説明しなさい。
12 感性の教育や創造的な教育について説明しなさい。
13 規律の教育について説明しなさい。
14 西洋の教育の思想家の名前を、5名あげなさい。

どの問題を出そうか思案中である。一番やさしいのは14番、一番難しいのは10番ではないかと思っている。

音楽に「夢」を託す若者について

人間にとって音楽はどのような存在なのであろうか。私自身は音楽とはほとんど無縁の生活を送ってきたので、何か言う資格があるとは思えないが、現代の若者にとって、かなり大きな比重を占めているようなので、一度調べてみたいと思っている。
日本で子どもは、幼い時、ほとんどヤマハやカワイの音楽教室に通い、ピアノや歌を習うのではないだろうか。そして女の子のかなりの割合がそのままピアノを習い続ける。しかし、そのピアノが将来の進路や生活に結び付く人は少ない。音楽大学に進んでも、将来音楽の仕事で食べていける人は少ない(学校の音楽の先生やヤマハやカワイの指導員も含めても)。音楽専攻は、経済的見返りは少ないのである。(良家のお嬢さんということで、玉の輿に乗れれば別だが、その機会も少ない)。
一方、ポピュラー音楽やロックやジャズが好きで、バンドを組んだり、歌手としてやっていきたいという「夢をみる」若者も、数多くいる。日本に5万人いるという説もある。そのうち陽の目を見るのは、2ケタもいないであろう。それなのに、なぜ、そのような報われない「夢」を見続けるのか。
「夢市場」というものがあり、若者の「夢」を商売にしている人達がいるということを聞いたことがある。「夢」見る若者は、その人達に煽られているのであろうか。外在的にはなく、内在的にこのことを調べてみたいと、思っている。
音楽社会学も研究しているN氏に、そのような研究はないかを聞いてみたところ、下記のような返事であった。
<さて、お尋ねの研究ですが、音楽社会学系でないか、手の届く範囲で少し探してみました。音楽社会学の研究では、ポピュラー音楽を、階層の問題や市場社会との関係で検討したものはたくさんあるのですが、ご関心のようなものは、手元の文献の範囲では見あたりませんでした。ただ、ご関心どおりではないのですが、小泉恭子『音楽をまとう若者』(2007)勁草書房では、高校生のバンドを扱っています。将来に関するインタビューの分析なども少ししていますが、もともと、階層やジェンダーなど、大きな社会学的な問題に関心をもって取り組んでいるため、音楽に夢をかけて、どのようにプロに近づいていっているかとか、またはどのようにしてあきらめていったかとかを分析したものではありません。音楽では、クラシック音楽も含めて、そのような研究は少ないように思います。>
そこで、紹介された小泉恭子氏の本を読んでみた。私の関心とは違うが、下記のような分析は、面白いと思った。
小泉氏の分析によると、高校生が「好きな音楽」について語る時、場所や状況に応じて「好み」を使い分けている。女子高校生は、フォーマルな空間(音楽の授業)やセミフォーマルな空間(部活動)では「スタンダード」や「コモン・ミュジック」を語り、それを隠れ蓑に「パーソナル・ミュージック」を包み隠し自己防衛をし、自分の立ち位置や居場所を確保している。
 音楽に関する論文では、岩田遵子「子どもの音楽文化」(『消費社会と子どもの文化』学文社2010)に、興味深い指摘があった。
岩田氏は、子ども特有のリズムは、学校の音楽の時間では生かされないと指摘している。地域で伝承されるわらべ歌では、「歌いあう中で子ども独自の表現が生み出され」「子どもたち相互の身体のリズム共有が深められる」のに対して、学校の音楽の時間は「子どもたちは教師のピアノや指揮に合わせなくてはならず、教師のリズムに乗ることが強要され」「子ども同士のリズムの共有が剥奪されている」としている。
 若者の音楽志向は、失われた自分のリズムを取り戻す自己回復の運動なのであろうか。

敬愛大学について

一昨年の3月に上智大学を定年退職してからの私の肩書は、上智大学名誉教授、放送大学客員教授だったが、それに昨年4月より敬愛大学特任教授(国際学部こども学科)が加わった。
特任教授というのは大学により扱いが違うようだが、敬愛大学の場合、研究室も研究費も専任並みに支給され、講義の他ゼミも担当し、教授会や学科会議にも出る資格があるので、専任とあまり変わらない。ただ、担当授業数は少なく(4コマ)、役職や入試関係の仕事に携わらないので、出勤日数も少なくてよく、気楽で快適なポジションである。
敬愛大学(http://www.u-keiai.ac.jp/)は千葉県の稲毛区(JR稲毛駅から徒歩15分)にあり、経済学部と国際学部の2学部からなる小規模な大学である(学生数1500人くらい)。私の属する「子ども学科」は、小学校教諭1種の免許を出せる学科で、学生のほとんどがそれをめざしている(3年次からの編入も可能なので、小学校免許のほしい方にお勧めである)
その大学の紹介が、学長とのインタビュ―とともに、「教育学術新聞」に掲載されたhttp://www.u-keiai.ac.jp/outline/gakublog/20120126_/upimg/20120125113203941953551.pdf)。
私の教員紹介のページ下記
http://www.u-keiai.ac.jp/international/20110804170019/20110804170936/index.html