寺崎昌男著『大学研究の60年』(評論社、2021.4)を読む

東大名誉教授の寺崎昌男先生よりご著書『大学研究の60年』(評論社、2021.4))をお送りいただいた。先生は、1932年(昭和7年)福岡県出身、東京大学教育学部、大学院を卒業され、これまでに大学は東京大学、立教大学、桜美林大学奉職されている。清水義弘先生より少し後の世代で、麻生誠先生とは同級生、潮木守一・天野郁夫先生とはほぼ同年配にあたる。先生には多数の著書があり、「『日本教育学会』や『大学教育学会』の会長、『教育史学会』の代表理事を歴任されている。私は先生が中央教育研究所の理事長をされているときご一緒させていただいた。先生の生育史や研究史に関しては、これまでのご著書や中央教育研究所でのお話(講演)等でお聞きしたことはあったが、今回このご著書を読ませていただき、新たなことがたくさんわかり感激した。

寺崎先生の就職までのご苦労や、博士論文を仕上げるまでの苦労の話は圧巻で、先生ほどの人がこれほど苦労するのかという驚きも禁じえなかった。先生の卒論のテーマが「明治初期の高等教育と学生との関係」ということも今回、はじめて知り、現代の学生の文化に関心を持ち、いくつかの調査をしてきた私としては、先生との近さを感じた。大学での行き違いで、ご指導を受けられなかったのがとても残念と感じた。

寺崎先生が卒業されまた教えられた東大の講座は教育学科教育史・教育哲学コースである。今は(比較)教育社会学コースでも歴史的な研究は盛んで、その橋渡しをされたのは、寺崎先生ではないかと思った。教育社会学の潮木守一先生や天野郁夫先生が、寺崎先生が主宰された「大学史セミナー」に参加されている。天野先生の指導で、私より下の世代(吉田文、広田照幸、浜名篤の各氏他)が社会史の研究に進むようになったと思う。

寺崎先生が学部時代のゼミの担当教官が教育史教育哲学コースの大田尭教授たったというのははじめて知り驚いた。教育社会学の清水先生は、史哲の先生方とは仲が悪く、大田尭先生のこともあまりよく言っていなかったと思うが、私の助手時代、清水先生のお供をしてお昼にお蕎麦屋に入ったところ、太田先生がいらして、清水先生が弟子たちに見せたことのない親しげな様子で大田先生と話しているのを横目で見て驚いたことを、今でも鮮明に覚えている。(あれは同期意識だったのだろうか)

ご著書の中に出てくる先生方の名前がとても懐かしく、半世紀以上も前のことが、少し前のことのように思い出される。私の教えを受けた下記の先生方の名前が出てくる。                        

私の駒場時代は、清水、持田、細谷教授の「教育原理」の授業を受け、宗像教授の特殊講義を受講し、潮木講師の演習を受講した。私が本郷の3年次に進学した時は、教育社会学の研究室は、牧野教授が退官された後で、清水教授、松原助教授の体制ができたばかりの時である。学部3年次には、両先生の教育社会学の授業の他、大田教授の「教育学概論」や、仲教授の「教育史概論」、岡津教授の「教育内容」の授業を受けた。学部4年の時の私の教育実習をわざわざ市川の中学校まで見に来て下さったのは学校教育の稲垣助教授であった。大学院時代は、麻生先生が非常勤講師でいらしていた。助手時代は、助手会というのがあり、学科の垣根を越えて集まり一緒に旅行までした。確か教育史哲は田中さん、教育行政は黒崎さんであった。また著作に出てくる方では、立教の浜田陽太郎先生やのことが思い出される。浜田先生の東京教育大の移転に反対されて退職された浪人時代や立教の総長の時代など少し前のことのように思い出される(総長の車に乗せていただいたことがある)。また、私は学生文化のことで、学会や広島大学の大学教育研究センターで報告した時、喜多村先生が声をかけて下さり、いろいろアドバイスをいただいた。

本書は『大学研究の60年』という題で、「大学のことは教育学者の研究対象ではない」といわれた戦後の時代の中で、先生がいかにして、大学や高等教育を教育学の研究対象にしていったかの歴史を、先生の自分史から書き下ろしたもので、「東京大学百年史」の編集(委員長)や「東洋大学百年史」の編集、「立教大学全学共通カリキュラム」の作成他など、高等教育研究や大学研究のことが多く紹介されている。高等教育研究としても、また卓越した研究者の自分史としても読める読み応えのある著作である。