旅行中読む本

宮古島への旅行中に退屈した時の本として、通勤中に少し読んで面白かった内田樹の新書(『女は何を欲望するか?』角川oneテーマ、2008年)を1冊持っていった。行きの飛行機が3時間と長かったのでページをめくったが、内容が気楽の旅行には合わず、すぐ閉じてしまった( Ⅱの「フェミニズム映画論」などは、鋭いフェミニズム批判で、上野千鶴子などがどのように反論しているのか気になるところであるが)。

宮古島に着いてから、夕食をとった店の隣に比較的大きな書店があったので、そこで何か適当な本はないかと探した。結局購入したのは村上春樹『蛍・納屋を焼く・その他の短編』(新潮文庫)である。集録されている小説のほとんどは以前に読んだものだが、リラックスした旅行中に読むにはぴったりくるのは村上春樹の本であると感じた。時々、その本を開き村上春樹の世界に浸り、宮古島の景色を楽しむ快適な旅行となった。

学会誌に書評を書く

新聞や雑誌、学会誌などで本の書評を読んで、いい書評だなと感心することがよくある。感心する書評と感じる条件として2つある。一つは、是非その本を読んでみたいという気になること(既読の場合は評者の観点から読み直そうと思うこと)。もう一つは、評者の書き手に対する敬意が感じられること。

私は今回日本教育社会学会から学会誌に掲載する書評を頼まれ、自分の専門に近い著作の本の書評を書いた。私もいい書評の条件は満たして書きたいと思ったが、舌足らずで、うまく書けなかった。自分の専門に近いとつい辛口になってしまう。著者からは少し「むっとした」(?)リプライが返って来た(pp.199-200)。

 尾嶋史章・荒牧草平 『高校生たちのゆくえ―学校パネル調査からみた進路と生活』(世界思想社、20183

<書評「教育社会学研究」105集、2019年11月30日、pp173-175>質的な社会調査は少数の具体的な事例の報告から始まり、そこから普遍的な傾向を見いだそうとするもので、興味深く読むことができる。それに比べ、量的調査は、調査データの、数字の羅列やその説明が主で、読んでいて退屈なものが多い。そのような中で、本書は興味を持って読める数少ない量的調査の報告である。その理由を考えてみると、データの社会的背景の的確な記述、データの単なる記述ではなく説明(原因-結果関係)、データの解説にとどまらない政策的・実践的課題の提起などをあげることができるであろう。

本書は、高校3年生を対象にした量的調査の報告書である。3時点(198119972011)での変化を追っている。主に二つの内容が中心になっている。一つは高校生の将来展望(キャリア)。もう一つは学校生活を中心とした高校生の意識構造である。生徒の出身階層や生徒の通う学校ランク(学校間格差)との関連の分析が丁寧になされている。共同研究者11名(執筆者)の討議が十分になされことが内容からうかがわれる。各章とも最後に要約と今後の課題、提言が書かれていて読みやすい。各章の概要は編者によって序章に的確になされているので、ここでの紹介を省略したい。調査したデータの統計的な検証に基づく興味深い知見が、各章に数多く記述されている。そのいくつかをあげておこう。

1「高校タイプや出身階層と卒業後の進路選択の関連構造は、30年間ほとんど変化していない」「学校生活に関する意識が学校タイプや出身階層によって分化する傾向は弱まっている」「学校での活動に『まじめ』に取り組む生徒が増加している」、「学校では『まじめ』にやりつつ、多少の不満は学校外で昇華し、教師に反抗することもない」(1章) 2「就職希望者の割合が一貫して減少してきたが、就職希望者の成績は男子では上昇している」(2章) 3「高卒就職―販売・技術職」「大学―事務・管理職・未定」「大学―専門・技術職」「短大・専門―準サービス職」という関係を「潜在クラス分析」で見出した(3章) 4「大学進学希望に対する父不在の負の効果は、男子の場合は学校タイプを統制すると消失するが、女子ではその効果は残る」(4章) 5「高卒者の就職口が縮小するなか、とくに普通科の進路多様校では進学を選択せざるを得ない状況に直面している」「奨学金情報の周知や応募において、高校の果たす役割が間違いなく大きくなる」(5章) 6「どのような進路を希望しようとも安定した経済的基盤を求めるのは変わらない」「生徒は、興味や関心に基づき仕事を選ぶことにあまり現実味を感じていない」「就職希望者の自己実現志向が弱い」「自己実現志向は高い威信の大学を希望する高校生で強い」(6章)。 7「学校タイプにかかわらず、一般受験を予定していることが学校外教育の利用傾向を高めている」(7章) 8「学校タイプや進路希望をコントロールしても、まじめな生徒ほど学習時間が長く、学習以外の生活時間は短い(8章) 9「『ゆとり教育』のもとでの学校教育は、高い学校生活満足度の形成をもたらした」(9章) このように、高校生の将来展望や意識を明らかにするのに、社会的(時代的)背景、親の社会的階層、学校ランクの規定関係を的確におさえ、さまざまな意識間の関係をクロス集計、多変量分析を駆使して分析し、教育政策や実践を提言する本書の内容は、教育社会学の研究の王道をいくものであり、続く研究の模範となるものであろう。

 若干気になる点をあげておこう。1 現在全国で高校は4907校あるが、今回調査対象になった高校は地域的にも限定された17校であり、今回の調査結果を一般化できるのか。また最新(3回目)の調査が行われたのが2011年である。社会や教育界の激しい変化の中でここでの考察が、現在も通用するのか。2「学校パネル調査」という興味深い名称を使っているが、調査対象が必ずしも同じ学校ではなく、「学校タイプ」を分類する基準も回により少し変わる中で、「学校タイプ」別の変化を追うことに多少の無理を感じる。3 分析は高校生に対する意識調査の結果のみから行われており、各高校の客観的なデータ(学校の伝統、教育経営の特色、生徒文化の特質、進路実績、教育改革等)や教員の意識との関連は、データから考察されていない。その間に乖離はないのか。実際の高校教育はこれらの要因の相互関係・相互作用で進行している。4 生徒に対する調査票は16頁に渡り、31問・120項目に関して答えるように作成されている。このような膨大な質問をしないと、求めるデータが蒐集できないのか。5 さらにその調査項目は、生徒の進路意識を中心に、研究者の問題関心から作成されたものである。それは今の高校生の関心や志向の枠組みに則っているのか。たとえば、今の高校生は将来の進路より、友人関係、恋愛、ネット利用、引きこもりなどに関心があるのではないか。また現代の高校の地域社会との関係、教育改革(カリキュラム改革等)が生徒にどのような影響を及ぼすのかは現代では重要な問題ではないのか。

多少の疑問はありながら、本書は長年の調査の実績を積み重ねた上での緻密な統計分析と、共同討議から書かれたものである。後世に残る高校調査の報告になるであろう。一読をお勧めする。