科学研究費の配分

6月13日の私立大学協会の業界新聞「教育学術新聞」を見ると、平成24年度の科研費の配分額(新規採択+継続分)の私立大学ランキングが出ている。
それによると、1位 慶応義塾大学(33億)、2位 早稲田大学(24億)、3位 立命館大学(10億)、4位日本大学(10億)、5位東京理科大学(8億)、6位東海大学(7億)、7位順天堂大学7億)である。
医学部や理工系の大学のある大学が上位に来ているが、大学の研究の実力を示しているとも言える。
上智大学は24位(3億)と早慶と大きく離されている。
敬愛大学は273位(1378万円)と、小さな文系の私学としては、案外健闘している。

夏の暑さ

この暑さで、高齢者に熱中症が増えているという。気を付けたい。傍にペットボトルを置き、扇風機を付け、万全を期している。
私の小さい頃を考えると、扇風機もなく(もちろんクーラーはなく)、電気冷蔵庫もなく(氷を入れる冷蔵庫はあった)、夏の暑さ盛り、昆虫採集に行ったり、池に釣りに行ったり、草野球をしたりした記憶があるので、その経験からすると、暑さはたいしたことがないと思ってしまう。
うちの犬(キャバリヤ)はサマーカットし、キャバリヤらしくなくなったが、少し涼しげで、クーラーなしでも熟睡している。真夏だというのに、うちの朝顔まだ苗の状態。私もまだ学期末の試験は残っているし(神田外語=7月27日、敬愛=8月1日)、夏(休み)は、まだ来ない。
軽井沢在住の方の素敵なブログ(http://www.sophiart.co.jp/messay2012066.htm )を読みながら、涼しさを感じたい。


フジロック フェティバル

夏の今の時期になると、「一度行きたいな」と思うところがある。それは毎年7月の下旬に苗場で開かれる「フジロック」である。最近はあまりロックを聴かなくなったが、若い頃はステレオでロックを聴くのが私の唯一の息抜きであった。
いつか本物のロックを生で聴きたいと思いながら、これまでその願望を果たせないでいる。(フジロックには、世界の一流のアーティストが集まっている。今年は、井上揚水も出演するという。http://www.fujirockfestival.com/)

下記は2年前(2010年8月1日)に書いた文章だが(http://6115.teacup.com/m83s/bbs/?page=5&)、今年も学科末の試験や母親の介護で、苗場にはいけなかった。

<妻も夏休みになったので、ふたりで新潟県湯沢町の温泉に入りに行った。ちょうど行った時は、湯沢町苗場では、フジロック・フェスティバルの真最中(30日~1日)で、全国からロックファンが集まっていた。前夜祭(29日夕方~)は無料で入れるかもしれないと小雨の中、入場ゲートまで行ってみたが、そんな雰囲気ではなく、集うロックファン(ほとんど若者)を観察して帰った。皆おしゃれで、それでいてもの静かで、知的で、哲学的雰囲気さえたたえているものが多かった。男女のふたり連れや、グループが多い中、女ひとりで大きな荷物を転がしていく強者もいた。
 苗場という交通の不便なところ(東京から車で行くときは高速道路・上越道の「月夜野」で降りて、カーブが50近くある山道を40分ほど登らなければならない)へ来て、雨の中、スキー場にテントを張って泊まり、ロックを聴くというのはよほど根性がなくてはできない。前夜祭、1日目、2日目の夜は雨で、テント生活は大変だったと思う。車で来て、その中で寝ている人もかなりいたが、それも楽ではない。さすがロック魂と感心した。
 入場料は1日18000円、3日通しで42000円、キャンプ代3000円、駐車料金1日3000円と、かなりの額(少なくても私にはそう思える)なので、生半可な気持ちでは、フジロックには来られない。
 フジロックのステージは、苗場スキー場のメインのところではなく、少し外れのところのあるらしく、道路からは見えないが、苗場から湯沢の温泉に行く途中の道で2カ所、ちらっとステージが見えて音が遠くから聞こえるところがある。温泉の行き帰りにちらっと見、聴いたが、それは1日目はThe CRIBSと ASH, 2日目はKULA SHAKER といったグループのステージだった。私にはなじみのない名前だが、なかなかいい音楽だった、またいい男達だった。
千葉に帰って来ると暑く、湯沢町(苗場)の涼しさとロックが恋しくなる。 温泉と若者と音楽ということを考えさせられる旅であった。>

教科書関連の新旧を見学

今日(23日)は、研究会のメンバーと、東京書籍関係の2か所を見学させていただいた。とても有意義な見学でした。
一つは、東京書籍の教師用デジタル教科書の実際を、見せていただいた。小中はもう既に主要教科の各学年版は出来(1教科・1学年8万円程度とのこと)、既に使っている学校がかなりあるとのこと。高校は、試作品が出来ているとのこと。大きな写真が電子黒板に映し出されたり、動画が挿入されたり、作者のインタビューがあったり、理科の実験が動画で見られたりと、とても便利そう。日本のデジタル教科書は、単に紙のものをデジタル化しただけでなく、さまざまな仕掛けが工夫され、各国から称賛されているとのこと。
もう一つは、教科書図書館の「東書文庫」を、館長自らが案内して下さった。昔からの日本の教科書がきちんと保存され国の「重要文化財」にも指定されているとのこと。展示されているものはその一部だが、その展示を通して、明治からの教科書の歴史が時代背景とともによくわかる。所蔵の教科書は、カードで引くと、10分とかからず、探してくれ、閲覧できるという。
絵巻→紙の教科書→デジタル教科書と、絵巻(静止画)→文字→デジタル絵(ただし動画)という流れがあるのではないかと、同行した加藤幸次先生は、おしゃっていた。

立教大学&日本教育社会学会理事会に行く

 立教大学で開かれる教育社会学会の理事会に出席するために、稲毛海岸駅から、京葉線―有楽町線に乗り池袋へ。
池袋駅は出口が複雑で、改札口を出て迷い、うろうろ。東京で人に道を聞くのは恥ずかしく、必死に探す。途中知り合いに会い、何とか5分遅れで、立教大学の会場に着く。立教大学はレンガ造りと緑(蔦)の多い、なかなかおしゃれな大学。人気があるのがわかる。
 教育社会学会の理事会は、今学会で活躍の研究者がズラリ。私からみると皆若い(出席者の中では私が最年長であることには驚いた)。北は北海道(北大)から南は九州(九大)から駆けつけ、学会の「重要事項」や大会のプログラム編成を審議。
 でも、学会運営に関する事務的な会議であり、学問的な議論がなされるわけではない。また、会の後に懇親会(飲み会)もない。このような会議に、一日かけて(私の場合は往復3時間)参加する意味(意義)は、あるのかと思う人も多いのではないか。
 学会には理事や理事会が必要であり、学会が成り立ち、スムーズに運営されるためには、理事会の開催が必要である。それがわかっていても、大学教員たちは、実質的な貢献や学問的議論ない会議、、あるいは人との交流のない会への出席は、むなしさを感じているのではないだろうか。
 私が助手の頃の30年以上前の教育社会学会の理事会はこのようなものではなかった。毎月1回、在京のメンバーで東大に集まり、お茶と和菓子が出て、それを味わい、形式的な報告と議論があり、理事会は早々に終わった。皆で本郷3丁目の駅に向かい、途中誰かが「少し喉を潤していきましょうか?」とおずおず言い出し、皆しぶしぶそれに同調するような素振りを見せながら、実は
延々と飲み会が続くのが常であった。カラオケが上手で、大学教授にしておくのはもったいないような先生もいた。その席で、重要なことはかなり決まったように思う。(次期役職、次期大会校、大学の人事、非常勤、編著の執筆者等も)。
 昔がよかったとは思わないが、人との関係の薄れた理事会も、少しさびしい。