自分の、そして自分の世代の歳のこと

あまり自分や自分の世代の歳のことは考えたくないが、次のように感じるのは、やはり歳のせいなのかもしれない。

いつも通る車の行き来の多い交差点で、夕方の7時半ごろまったく車が通っていない時があった。唖然として、この世から人がいなくなってしまったのか(そのような映画があったように思う)と思うよりは、自分が死後の世界にいて場所だけいつもと同じ場所にいるのかと思ってしまった。(実際は、偶然、そのように車が通らない時間帯が一瞬だけあったったということなのだが)。
また、10月10日(金)の朝の8時前のことだが、いつも小学校の前の道は登校する小学生でにぎあうのに、人影がなく、学校もシーンとしていて、上記と同じように感じた(実際は、今の学校は2学期制で、その日は秋休みで休みであることを、近所の人から聞いてわかった)

最近の新聞の動向に関して、とても的確なコメントを、知り合いの先生が書いていて感心した(私の視点 「朝日新聞の改革 「報道の公正」実践から」10月11日朝刊、朝日新聞、添付参照)。その先生とは、藤田博司さんで、以前勤めていた上智大学の教員のテニスクラブでご一緒し、スピードのある直球のストレートをよく打つ方で、一緒にダブルスを組んで、強いペアに勝ったことがある方である。新聞学科の先生で、よく新聞に論稿を寄せ、このような広い視野の方に教わる上智の新聞学科の学生は、いいジャナリスと育つだろうなと感じていた。私より1年先に上智を定年で辞められていた。
そのコラムの最後に、「藤田さんは5日に亡くなられました」と書かれていて、唖然とした。
このようなすぐれた端正な文章を書いて、すぐ亡くなられるとはどのようなことなのか。我々の世代は、いつ死んでもいい覚悟をすべき、ということなのかと思った。
藤田先生のご冥福を心よりお祈りする。

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上記の拙い文に対して、中央教育研究所の水沼文平さんから、下記のようなコメントをいただいた。掲載させていただく。

「自分の、そして自分の世代の歳のこと」を拝読させていただきました。武内先生も私も前期高齢者です。古代インドでは人生を「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」の四つに区切っていますが、私はこの区分を現実に照らし、人生を90年とし、「学生期(30才まで)」「家住期(60才まで)」「林住期(90才まで)」の三区分にしたいと思っています。こうすれば私たちは「林住期」の前半に属することになります。武内先生が交差点や小学校の前の道で感じたことは、(50才前なら単なる現象として受け止めるだけだったでしょうが)、私たち世代が無(死)の世界が近付いていることの意識の表れだと思います。兼好法師は「徒然草」で「死はいつの間にか予期していない時に後ろから迫る」と語っています。
さてここに86歳になる元大学教授のM先生がいます。背筋がピンと伸び、歩きが早く、黒を基調としたシックな装いをしています。毎朝独語と仏語の学習、Windows 8で自作のパワーポイントを作成、オーキングと週一のテニスの練習を欠かさないそうです。T研究所の派遣で東日本大震災避難児童生徒のために「いのちの授業」を継続して実施されています。先日「元気の秘訣は何ですか?」とお聞きしたら「自分の年を考えないこと」またある時は「一生勉強だという気持を持つこと」と言われました。「林住期」にあっても「学生期」の運動、おしゃれ(自己流解釈によれば異性への関心)、勉学が「元気の源」であることを教えられました。いずれ「後ろから肩を叩かれる」ことになりますが、それまではM先生のように若々しいかっこいい生き方をしたいものです。
◇水沼文平

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