日本教育社会学会第68回大会に参加

日本教育社会学会第68回大会が、9月17日(土)〜18日(日)に、名古屋大学で開かれそれに参加し、多くの発表を聞き、知り合いや友人にも会い、有意義な3日間であった。大会校開催校の伊藤彰浩教授、渡邊雅子教授らスタッフの行き届いた配慮と学生諸君のテキパキとした働きで、とても快適な学会であった。
発表者は180人を超えて、興味深い発表が多く(浜島幸司氏の大学生の社会意識に関する丁寧なデータ分析の発表もあった)。教育社会学研究の勢いを感じた。全体の参加者は600名を超えていたようだが、70歳以上は私も含め10名もいないのではないかと思え、その点さびしい限りであった。
泊まったホテルも快適で、夜は17日の名古屋大学食堂での懇親会の他、16日には竹内洋氏(京大名誉教授)や岩井八郎氏(京大教授)らともはじめて一緒にビールを飲み、いろいろな話ができた。

いくつか、学んだこと(記憶に残っていること)を記しておきたい。

1 日本におけるニューカマー研究は、欧米のニューカマー研究の研究枠組みをそのまま借りてきているところもあるが(それが不徹底という説もある)、日本の場合、欧米諸国とは社会的状況も違い(たとえば、ニューカマーは日本語と母語だけでなく英語も学ぶ必要がある等)、その日本的事情も十分考慮する必要がある。ニューカマー2世の研究から新たに見えてくることもある。
2 サポート校は、生徒の出入りが激しく、その生徒文化は固定的な学級に所属する従来の学校の生徒文化とは違った、新しいタイプの生徒文化が形成されている。
3 私立の通信制高校は、不登校の生徒の受け皿としての役割を果たし、高校教育を補填するという側面をもつが、そのカリキュラムは生徒寄りのもの(アニメやダンス等)もあり、授業料は高額で、「貧困ビジネス」という側面もあり、注意が必要である。
4 学校におけるいじめの責任(帰属)については、社会(特にメディアが作るモラルパニック的誇張が強い)、司法(独立の立場に立つが、段々社会に近づいている)、そして学校(教師の教育的配慮、実践)の3つがある。それに、「第3者委員会」が加わる。それらの間にはズレがあり、学校は他のセクターの動きに翻弄される。段々、教育(学校)の論理は無化される方向に向かいつつある。

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