ホームスクーリングの再考を

新型コロナの感染拡大は、社会の諸分野に影響を及ぼしている。教育の世界への影響も大きい。とりわけ、長期にわたり学校が休校になったことは、学校中心の生活を送っていた子どもたちの生活を一変させた。これまで学校が担ってきた教育機能の重要性が、平等性も含めて改めて認識される。

 一方で、自明であった学校教育の意義も問われている。効率優先の一斉授業、生きる力にならない知識、教師のクラスメイトへの叱責を聞く時間、退屈な学校行事、無意味な校則など、無くなってみるとスッキリすることが多い。これまでの学校教育のあり方の見直しが必要である。休校中の家庭での自由な学習、親子関係の親密化、ウエブ学習、地域での遊びの回復など、これまでの学校教育とは違った自由な学習や生活に、本来の興味や活動に目覚めた子どもたちも多いことであろう。不登校やホームスクーリングも見直されていい。

ホームスクーリングに関しては、私は20年以上前に原稿を書き(添付)、このブログでも2019年4月8日に、新聞記事などを紹介している。学校に通うことが当たり前の日本では現実感がなく、あり得ないことという認識が強かったと思う。

ところが、今年に入ってからの学校の休校、塾やお稽古の休止は、家で親が子どもの勉強を見ざるを得なくなり、まさにホームスクーリングの「実験」が日本中でなされたということである。ホームスクーリングの教師は親であり、外の教育の専門家(教師、塾、お稽古の教師)ではない。この「実験」の検証が是非なされてほしい。親による教育の効果はどうだったのかということを。

日本では教育やお稽古の専門家でない親が子どもの教育はできない、と考えられてきたが、実際やってみるとどうだったのか、かえって子どもの個性や興味やペースに合わせて効率的だったのではないか、デジタル教材も豊富にあり十分親でも教えられるのではないか、ピアノも自分で教えられたのではないか、ケガやケンカやいじめや病気の感染も心配しなくて安心できるのではないか、あるいはこの真逆の多くの体験談が寄せられると思う。さらに、外国のホームスクーリングの研究も進んでいると思う。それらをもとに、是非ホームスクーリングを再考してほしい。

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