夏休み・近況報告

大学教員の特権は2ヶ月という長い夏休みーというようなことは、最近なくなりつつあるが、私の場合、夏休みの最初は忙しく、中頃はのんびり、そして後半は、大学院入試、学会などいろいろ忙しい。この1ヶ月(8月)を報告する。
7月30日(水)―前期試験が昨日終わり、今日から夏休み(大学で、会議が2つ)。
7 月31日(木)―東京成徳大学で公開講座での講演、演題「大学教育と若者文化」。黒板もパワーポイントも使わず、ひたすら1時間半話すというのは、意外と 大変。30分過ぎに予定の内容がほぼ話し終わり、慌てた。何とか、話を伸ばし、冷や汗。「大学の講義のよう」と深谷和子先生からコメントを頂く。
8月1日(金)-午前中、上智大学のオープンキャンパスで、教育学科のブースで対応。教育学を学びたいと言う真面目な高校生が多く、こちらも真剣に対応。午後は、新幹線で京都に移動。夕方、ホテルのロビーで、秋の学会発表の打ち合わせを4人で行なう。
8 月2日(土)―京都大学と電通育英会の「大学教育とキャリア教育」についてのシンポジウムのパネリストの一人として参加。150名くらいの聴衆の前で、パ ワーポイントを使って20分ほど話す。シンポジウムの企画者の京大の溝上慎一氏とは初対面。関西はのんびりしてゆとりがあり、自分の肌に合っていると感じ た。
8月3日(日)―日本女子体育大学の冨江ゼミが御宿で開かれるというので、案内で御宿に行く。天気快晴。御宿海岸は夏の賑わい。
8月 4日(月)~6日(水)―上智軽井沢セミナーハウスで、上智大3年の「教育社会学ゼミ」と立教の西村氏が担当の「社会学ゼミ」との合同合宿。新幹線で軽井 沢へ行く。2泊3日で、5回のゼミと2回の飲み会、それにテニスを2時間する。参加45名と、大所帯で、いろいろなことがあったが、ゼミ発表・討論の中味 も充実し、両大学の学生気質の違い(立教の学生は性格が穏やかという印象等)、教育学と社会学の違いを実感し、両校の学生の交流も出来、成功したゼミ合宿 であった。
8月8日(金)―放送大学修士論文の指導の会を開き、3名が参加。その熱心さの打たれる。
8月9日(土)~11日(月) 新潟 の温泉場で家人とゆっくり。六日町、小出の先にある奥只見ダムを目指して、シルバーラインという道を進んで、びっくり、長いトンネルがたくさんあり、命が 縮まった。奥只見ダムは雄大で湖は綺麗。東京に戻り、道路の渋滞と人の多さと緑の少なさにうんざり。
8月12日(火)~19日(火) この頃は、庭の手入れと、犬(キャバリァ2歳半)を相手ののんびりとした日々。 放送大学の番組「子ども・青年の生活と発達」の答案、と上智大学「教育社会学Ⅰ」の答案の採点。無事19日、20日に提出。
8 月20日(水)-日比谷の映画街に行くのは、15年以上前、娘達と映画「タイタニック」を見に行って以来だし、映画自体を観たのは、数年前の「もののけ 姫」以来で、地下鉄の銀座駅で降りて、日比谷の映画街に向かうのにドキドキした。50年くらい前、小学生の頃、日比谷の映画館で、記録映画「沈黙の世 界」、黒沢明監督「隠し砦の三悪人」を見て、強烈な印象を受けたことを思い出した。
日比谷スカラ座で上映中の話題作・宮崎駿「崖の上のポニョ」を 観ようと、チケット売り場に行くと、開演10分前(午後4時20分)というのに窓口は空いていた。全部指定席で、シニア(60歳以上)は千円とのこと。場 内は3割程度の入り(映画は、相変わらず斜陽)。たまたま水曜日で「レディスディ」だったせいか女性客が多く、私の両隣も女性客で、男ひとりで、私の歳で こんな映画を観ていいのかと、身を固くする。
宮崎駿監督の映画は、「風の谷のナウシカ」以来好きなので、「崖の上のポニョ」の内容や出来も期待し たが、少しがっかり。海の波の迫力はすごく、宮崎映画特有のキャラクターも随所に出てきて楽しめる部分もあるが、肝心の哲学がよくわからない。観音様のよ うなポニョの母親が出て来て、めでたしの終りも納得がいかない。保育園児・幼稚園児、(映画と主人公はこの年代)が観れば楽しめる映画なのかもしれない。
8 月22日(金)~23日(土)-今年は「学校社会学研究会」の当番校で、この2日間、湯河原の古い旅館で開催し、約30名の人が集まり、発表と議論と懇親 会を開いた。ICUの藤田英典氏や中央大の古賀正義氏、天理大の石飛和彦氏の報告もあり、中味の濃いものだった。泊まった部屋や研究会で使った部屋は、東 京オリンピックの年{1964年}に作ったものというもので、44年が経過しており、レトロを通り越した年代もので、最初はびっくり。温泉に4回入り、湯 河原の「足湯」にも入り、疲れを取った。
8月26日(火)-時間がありやることもなかったので、列車にひとり乗り、千葉の外房の御宿海岸に行く。 御宿海岸にはまだ海の家は営業していたが、海水浴客よりサーファーが多く、もうすっかり夏も終わりの気配。この前(8月3日)来た時の賑わいと大違い。今 年の夏は短い。行き帰りの列車のなかでは、藤原新也『日本浄土』(東京書籍、2008年8月刊)を読む。これは、作者の「無名の旅の中で無名の何かに出会 う」旅の本だが、情報化や大規模店舗の展開によって、「ささやかに息づいてきた土地のモノの流通や人の情」が消し去られ、「いずこにおいても無感動なツル リとした風景が目の前に立ちはだか」っていることが、愛惜をもって描写され、共感を呼ぶ。藤原新也の幼い頃や少年時代の思い出の地と結びついた人との交わ り(とりわけ女性)が書かれていて、氏の私的な柔らかい側面を垣間見ることができる。藤原新也は別の本で、新興住宅(地)を、歴史のない「ショートケーキ ハウス」と揶揄していたが、それに、そこにしか住めないサラリーマンの悲哀を見る川本三郎(『都市の感受性』)の視点の方に、私は共感する。このように、 同世代とはいえ、小倉育ちの藤原新也と千葉育ちの私では感受性は違うが、氏の写真家、インド旅行家、アメリカ旅行家(『アメリカ』)、作家、批評家として の幅広い視点には、教えられることが多い。
涼しい日が続き、もう夏休みも終わりの気分。

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