文藝批評と大学

作家は本が売れれば高い収入が得られるので、文筆の収入だけで食べていけるけれど、同じ文学者でも文芸評論家はそのようなことがなく、他の職業に就いて生活費を稼がねばならない。私の知っている限りで言えば、江藤淳は東京工業大学、石原千秋は早稲田大学、加藤典洋と高橋源一郎は明治学院に専任教員として勤めていた時がある。そこで、チャットGPTに 「他の例(人)があったら教えてほしい」(質問1)と、「大学化した文芸評論は文学にとって何を得て何を失ったのか,を教えて下さい(質問2)と尋ねた。その回答を転載する。回答に概ね納得した。(柄谷行人は「法政大学・近畿大学・イエール大学などで教鞭」だと思うが)

質問1の回答;代表的な例を挙げます。戦後〜高度成長期世代+小林秀雄( 大学教員ではありませんが、例外的に「評論一本」で成立した希少な存在、吉本隆明(東京理科大非常勤などはあるが、長くは在野の思想家・評論家)、蓮實重彦(東京大学教授(仏文学・表象文化論)、柄谷行人(近畿大学・コロンビア大学などで教鞭)、渡部直己(早稲田大学教授)、三浦雅士早稲田大学教授)、1970–90年代以降;松浦寿輝(東京大学教授(比較文学)、沼野充義(東京大学教授)、千葉雅也(立命館大学教授)、小森陽一(東京大学教授)、山城むつみ(慶應義塾大学教授)/この系譜から分かるのは、「文芸評論家=大学教員」ではなく、正確には「研究と評論を往還できる人が大学にポストを得やすかった」という構造です。/ 構造的まとめ(重要)ご質問の背後にある核心は、次の点にあると思います。1. 作家と評論家の「市場価値」の非対称性-小説・エッセイ → 読者市場がある. .文芸評論 → 市場が小さい/専門的。2. 戦後日本における「大学=評論のインフラ」安定収入(給与)図書館・研究時間、学会・雑誌との接続。 その結果、文芸評論は「半ば学問化」し、大学に居場所を持たない評論家は減少しました。3. 例外の意味、小林秀雄・吉本隆明の「在野性」は、今日では再現困難。>

質問2の回答;Ⅰ.得たもの(獲得) ① 批評の「持続可能性」最大の獲得は、時間と生活の安定です。定職による安定収入、研究時間の確保、図書館・データベースへの恒常的アクセス。これにより、長期的な作家研究、複数作品を横断する体系的批評、即時的評価ではない「遅れて効く」批評が可能になりました。 江藤淳・蓮實重彦・柄谷行人以降の批評は、「一冊で終わらない批評」を成立させています。② 批評の理論化・方法化。大学という場は、批評を「技法」に押し上げました。構造主義・記号論、精神分析、ポストコロニアル理論、ジェンダー研究・カルチュラル・スタディーズ。これにより、「印象批評」からの脱却、恣意性の相対化、再現可能な読解モデルが生まれました。 文芸評論は「うまく書ける人の芸」から「共有可能な知」へと変質しました。③ 文学の国際的接続大学化は、日本文学を世界語と接続しました。翻訳研究、比較文学、世界文学の文脈化。結果として、日本文学が「国内趣味」から脱却。村上春樹・大江健三郎などの国際評価の下支え。 批評は、文学の通訳者になりました。④ 文学の保存装置としての機能大学は「アーカイブ」として働きました。忘れられた作家の再評価。マイナー文学・女性文学・地方文学の掘り起こし戦争文学・被差別表現の検証。 市場が忘れても、大学化した批評は「忘れない装置」になった。/.失ったもの(喪失).① 読者との緊張関係..最も大きな喪失です。読者が「専門家」に限定される。文体が内輪化・専門用語化,雑誌的公共圏の縮小..かつての小林秀雄を読むこと=文学を読むことという等式は成立しなくなりました。 批評は文学の「内側」に閉じこもった。② 評論の〈賭け〉の消失。在野批評にあった書くことで生活も思想も賭けるという緊張。原稿が売れなければ生活できない。誤れば即座に信用を失う。読者の反応が直に返る。大学化はこれを緩和しました。 批評は「安全な言説」になったとも言える。③ 文体の衰弱。大学論文的文体の拡張は、説明的、注釈過多、断言を避ける傾向を生みました。結果として、文学を論じる言葉が文学的でなくなる。批評文そのものが読まれなくなる。「批評が文学である」という感覚が後退。④ 文学と社会の距離の拡大かつての文芸評論は、政治、戦争、労働、倫理と直結していました。大学化以降、社会批評は社会学・思想史へ分散。文芸評論は「作品内部」へ収斂。 文学が社会の痛点を代弁する役割を部分的に失いました。Ⅲ.総合的評価:得失はトレードオフか?重要なのは、これは単なる「堕落」ではなく、制度的選択の結果だという点です。在野性 → 強度はあるが持続しない。大学化 → 持続するが強度が弱まる。文学は、市場(作家)。大学(評論)。メディア(読者)という三者の緊張関係の中で生きています。問題は「大学化」そのものではなく、他の回路が痩せてしまったことです。Ⅳ.これからの可能性(補足)近年、次の兆しもあります。書籍外(ウェブ・講演・ポッドキャスト)での批評。文学研究者によるエッセイ的回帰。作家自身が批評を書く再接続これは、大学化によって失われた「公共性」を、別ルートで回復しようとする動きとも読めます。

映像から学ぶこと

イギリスのBBCの映像もそうだが、NHKのドキュメンタリー番組にもいいものが多く、これらをもっと学校の授業で子どもたちに見せればいいのにと思う。45分程度の長いものが多いが、教師の話や教科書や資料を使っての授業以上に、今の子どもたちに大きな影響を与えるのではないか。

 私の過去の大学の授業では、差別を扱った「青い目、茶色い目」(NHK特集)や、藤原新也の「課外授業ようこそ先輩」(NHK)や、「エリートはこうして作られるーアメリカ・ハーバード大学」(NHK特集)を、授業で学生によく見てもらった。学期末のレポートでその映像の印象を書いてくる学生が少なからずいて、映像の影響の大きさを実感することが多かった。

 今日(1月19日)NHKの『レンズの向こうの戦争 ジャーナリスト 沈黙との闘い』(「映像の世紀バタフライエフェクト」の1つ)は、米軍の従軍カメラマンが撮影した原爆投下直後の長崎の写真のことも出て来て、戦争の悲惨さ愚かさを、優れた映像で伝えるもので、今の日本の子どもたちにも是非見せたいと感じた。感受性の豊かな子ども時代にこのような映像を見ることによって、戦争の悲惨さを理解し、平和への思いを強くいだくのではないかと感じた。(その番組の紹介を、下記に転載しておく)

<映像の世紀バタフライエフェクトー1995年に放送を開始した「映像の世紀」の新シリーズ。蝶の羽ばたきのような、ひとりひとりのささやかな営みが、いかに連鎖し、世界を動かしていくのか?世界各国から収集した貴重なアーカイブス映像をもとに、人類の歴史に秘められた壮大なバタフライエフェクトの世界をお届けする。

『レンズの向こうの戦争 ジャーナリスト 沈黙との闘い』(NHK,2026年1月19日)―ジャーナリストによる本格的な戦場取材が始まったのはスペイン内戦、ヘミングウェイもジャーナリストとして身を投じ、写真家キャパは「崩れ落ちる兵士」を発表、世界を震撼させた。日中戦争では、新聞各社は特派員を送り込んだが、多くの写真が公開不許可となった。米軍の従軍カメラマンが撮影した原爆投下直後の長崎の写真は、43年後初めて公開され、その一枚「焼き場に立つ少年」は、今も80年前の悲劇の記憶を語り続ける。>(https://www.nhk.jp/g/ts/9N81M92LXV/blog/bl/pP7BrpMNMz/bp/pRvP6MP18x/

高齢化社会と認知症

これから人口の高齢化がさらに進み、高齢化社会になってくると、認知症の問題が深刻になってくると思う。認知症の人にどう接したらいいのかという問題だけでなく、高齢者にとっては、それが自分の問題としてどのようなことに気を付けたらいいかということを考える必要がある。後者に関してのチャトGPに聞いた回答の一部を転記する(前者に関しては、添付参照)

質問―自分が認知症気味にこれからなる、あるいはもう少しなっていると自覚している本人は、どのようなことに気を付け生活した方がいいですか?

チャトGPTの回答- とても大切で、しかも勇気のいる問いだと思います。ここでは「自分で自覚がある段階」**にいる本人の立場から、「できるだけ自分らしく暮らし続けるための実践的なポイント」を整理します。医学的な治療以前に、日常の姿勢と環境づくりが中心です。 /1.まず大前提として大切なこと.① 気づいていること自体が「強み」•自覚がある,•不安を言葉にできる•先のことを考えられる.これはまだ十分に判断力・自己調整力が保たれている証拠です。👉 「もうだめだ」という段階ではありません。② 「衰え」と「人格」は別物,•忘れっぽくなる=価値が下がるではありません。記憶や処理速度が変わっても、•人柄,•判断の軸,•大切にしてきたものは簡単には失われません。/ 2.日常生活で意識するとよいこと,① 記憶に「頼らない」生活に切り替える.「覚えておく」努力をやめるのがコツです。•予定はすべて書く(紙+スマホの併用)•物の置き場所を固定する•その場でメモする癖をつける.👉 「忘れない工夫」より👉 「忘れても困らない仕組み」。② 生活リズムを安定させる.•起床・就寝時間を一定に,•食事の時間を大きくずらさない,•朝に光を浴びる、軽く体を動かす👉 脳は予測できる生活で最も安定します。③ 「できないこと」より「できること」を続ける•得意だった作業,•手順が体に染みていること,•趣味・散歩・簡単な家事,👉 新しいことを無理に増やすより、慣れたことを丁寧に。④ 人との関わりを切らない.•毎日でなくていい,•短時間でいい会話の内容より👉 **「やりとりそのもの」**が脳を支えます。/3.気を付けた方がいい考え方・態度 ① 自分を責めすぎない.•「また忘れた」•「情けない」これは一番避けたい思考です。👉 ストレスと萎縮は、症状を早めます。② 隠さない・取り繕いすぎない•分からない時は「分からない」と言う.•助けが必要な時は頼む. 早めに開示した方が、周囲は優しく、適切に支えられる。③ 完璧主義を手放す,7割できたら合格.•間違えても修正すればいい👉 自尊心を守ることが、脳を守ります。/(中略)/5.最後に、いちばん伝えたいこと,認知症は、「何も分からなくなる病気」ではありません。「助け方が必要になる病気」です。自覚がある今は•自分のペースを作れる.•周囲と協力関係を築ける,•尊厳を保った選択ができるとても大切な時期です。

外食と自炊のバランスについて生成AIに聞く

質問―外食の食事は、味が濃い目で塩分が多く、頻繁の外食は健康にはあまりよくないと聞きます。独身者や高齢者の一人暮らしでもなるべく自炊すべきでしょうか

チャトGPTの回答

ご質問の趣旨はとても重要だと思います。/結論から言うと、「原則として自炊は健康に有利だが、無理な自炊は必ずしも最善ではない」というのが現実的な答えになります。/1. 外食が「健康に不利」と言われる理由;よく指摘される点は、かなり根拠があります。•           塩分・脂質が多い.外食は「おいしい」と感じさせるため、塩・油・砂糖を多めに使う傾向があります。•野菜・食物繊維が不足しがち,量が多い.完食を前提にしている•同じメニューに偏りやすい.特に高血圧,腎機能の低下,心血管疾患が気になる中高年以降では、外食頻度が高いほどリスクが上がることは、多くの研究で示されています。/2. 独身者・高齢者が「必ず自炊すべき」か?ここは慎重に考える必要があります。✔ 自炊の明確なメリット•塩分・油・量を自分で調整できる,•食材の多様性を確保しやすい,•「今日は軽めにする」など柔軟な調整が可能/✖ 自炊の落とし穴(特に一人暮らし)•手間と心理的負担が大きい,食材を余らせがち → 結局同じものを食べ続ける,高齢者では「包丁・火」が危険になることも, 自炊が「義務」になると、食事そのものが苦痛になる.つまり、自炊=健康、外食=不健康と単純化するのは、実態に合いません。/3. 現実的で健康的な「第三の道」;最近は「完全自炊」か「外食依存」かの二択ではなく、中間的な選択肢が重要視されています。① 半自炊(中食)を賢く使う…•惣菜+ご飯・味噌汁は自分で用意,,外食チェーンでも,定食形式o野菜が多いメニュー o汁物を残すなどの工夫で塩分は大きく下げられます。② 自炊は「完璧」を目指さない..•     毎日作らなくてよい,1日1食でもOK,「切らない.・焼かない・煮ない」食事(納豆、豆腐、冷凍野菜、缶詰)も立派な自炊.③ 高齢者の場合の特別な視点;高齢期では、実は「多少味が濃くても、きちんと食べること」の方が重要になる場合もあります。低栄養・フレイル予防,•食欲低下の防止,かと食べる機会の確保(外食の社会的価値)/4. 結論(実践的まとめ);頻繁な外食(特に単品・丼・麺類中心)は確かに健康に不利,しかし「独身者・高齢者は必ず自炊すべき」という義務論は現実的でない•      /おすすめは自炊を「選択肢の一つ」として、外食・中食と組み合わせること/ 健康とは、栄養 × 継続可能性 × 楽しさのバランスで決まります。

元旦の鋸山と東京ドイツ村

前後するが、元旦には、千葉県の名所を2つ訪ねた。1箇所は内房の鋸山。ここは千葉県の有名な観光地の1つだと思うが、かなりがっかりした。富士山が見えなかったのは天候のせいで仕方がないにしても、片道4分足らずロープウエイが往復で1200円と高く(子ども4歳以上は600円)、石大仏や地獄のぞきに行く道が石でゴツゴツで整備されていなくて転びそうになり、さらに高い入園料も取るので、興ざめしてしまった。確かに東京湾の景色は絶景であるが、それを見るのだけであれば近くの天羽の別荘地に行けば無料で見ることができる。千葉県の行政と民間の観光センスの低さを再認識した。これでは、千葉の観光が湘南や伊豆の観光地に負けるはずである。

もう1つは、帰りに寄った「東京ドイツ村」(袖ヶ浦市)(https://t-doitsumura.co.jp/)。午後4時前に着き、子ども(孫)達は広い敷地に点在する遊具で遊び、レールで走る車にも乗り、暗くなるのを待った。夕暮れになり点火式の後、広い敷地いっぱいのイルミネーションが一斉に点灯し、なかなかの壮観な眺めであった。ここに来て最初の鋸山のマイナスも帳消しになり、いい元旦となった。

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