「風の便り」71 号

毎月1日の送られてくる辻秀幸氏の「風の便り」71号を掲載する。辻氏がこの「風の便り」を始めた時は、海に近い船橋市に住んでいる時で、その時は潮の香りのする風が吹いていたのであろう。辻氏は2,3年前に京成バラ園が近くにある八千代市ゆりのき台に移り住み、違う風を感じているようだ。花の街で、その香りがするのかもしれない。

第42回 学校社会学研究会のご案内

日時:2024年9月9日(月)12:00~17:30/場所:芝浦工業大学 豊洲キャンパス 教室棟4階408教室(東京メトロ豊洲駅下車2aまたは1c出口より徒歩7分) /(メンバーの紹介があれば参加可能。参加費: 500円)

プログラム

11:30~    受付開始/ 11:50~12:00 開会/ 12:00~12:50  「大学教育を考える」武内 清(敬愛大学客員)、浜島 幸司(環太平洋大学)   司会:井口 博充/ 13:00~13:50「持続可能な地域社会を実現するキャリア教育プログラムの開発 -離島の中学校における教育実践と効果検証-」谷田川 ルミ(芝浦工業大学)   司会:冨江 英俊/ 14:00~14:50「国公立大学の英語教育の宗教性について:Stean Anthonyの実践から」冨江 渚(大阪大学・元京都芸術大学通信制大学院)  司会:野崎 与志子/ 15:00~16:00「成長物語における「物語の力」:「成長物語」と「実存物語」の対比」白石 義郎(久留米大学名誉教授)  司会:望月 重信/  16:10~17:20「教職専門としての総合的学習・探究の時間の指導法」の課題と可能性を求めて ―静岡県立大学での実践をモデルに―」 馬居 政幸(静岡大学名誉教授)、米津 英郎(富士宮小学校 校長) 司会:武内 清/ 17:20~17:30  今後の研究会について、閉会/18:15~20:15   懇親会:芝蘭(チーラン)豊洲店 

空や雲のこと

日常的にあまり空を見上げたり、空の雲を見ることはない。しかし、散歩したり自転車に乗っている時など、たまたま空に目をやると、綺麗な色の空や変わった雲が浮かんでいて見とれてしまうことがある。夕焼けを見に近くの海まで行くことはあるが、朝焼けを見ることはあまりない。

今朝、偶然午前5時に目が覚めて外を見ると、朝焼けが綺麗であった。それも数分しないうちに消えてしまう。あわててカメラを探して、ベランダから撮ってみた。家々の屋根が邪魔でうまく撮れなかったが。ネットで、朝焼けや雲の写真を検索してみた。遠くに旅行しなくても、空や雲を見ていれば、いろいろな色や「景色」が見えて飽きないかもしれないと思った。

KODAK Digital Still Camera

<「朝焼け」とは、東の空から太陽が昇る時、空が赤く染まる自然現象のことです。時間帯は朝で、厳密な時刻は季節によって変わります。また、「朝焼け」を英語では “sunrise” や “sunrise glow” と表現します。 “glow” には「高温物質からの光、光の反射による輝き」という意味があります。「朝焼け」で空が赤くなる理由も、「夕焼け」と同じです。日の出の時には太陽が東の地平線にあり、光が通り抜ける空気の層の距離が長くなります。すると、日中よりも赤い光が散乱するため、空が赤くなります。しかし、「朝焼け」は「夕焼け」よりも赤色が薄いことが多いです。また、地表に届く光が強く、光がまぶしく感じます。それは空気中の水蒸気やチリが関係しています。夜は昼に比べて気温が下がるため、上昇気流は発生しにくいです。そのため、夜のうちに空気中にあった水蒸気やチリは地表に落ちてきます。すると朝の空には、光を散乱させる物質が少ない状態になります。その結果、朝の光は「夕焼け」の時よりも散乱せず、地表にまっすぐ届きます。それが赤色の薄さや光のまぶしさに繋がります。>(https://gimon-sukkiri.jp/sunrise_sunset/#:~:text

雲の写真 https://www.bing.com/images/search?q=%e9%9b%b2+%e7%94%bb%e5%83%8f&qpvt=%e9%9b%b2+%e7%94%bb%e5%83%8f&form=IQFRML&first=1

高齢者の健康法

先週夏のフジロックも終わり人のほとんどいない苗場のボードワークを散歩していたら、91歳のマウンテンバイクに乗った人に話しかけられた。医学関係の仕事をしてきたとのことで、健康に関していろいろアドバイスを受けた。

「重力に抗して運動することが必要。毎日運動して汗をかくといい。骨がすべてのもとになるので骨を鍛えなければいけない。登山が一番いい。自分は日本の山はもちろん世界の山に登ってきた。冬は苗場に来て毎日スキーをしている。苗場のマンションには、トレーニング装置が揃えてある。自分は風邪をひいたことがない。きょうだいは皆医者で、100歳以上まで生きている。目標をもってそれを達成すべく努力することは大切。見たところ、あなたは何も運動をしていないね。今からでも遅くない頑張りなさい」と、言われてしまった。70歳台くらいにしか見えない鍛えた体の持ち主だった。サイクリングの服装もオシャレで決まっている。「目標をもってそれを達成すべく努力する」というのは、歳をとってからも必要なことと教えらえた。

 今卓球愛好会でご一緒しているMさんは、今92歳で、夏でも毎日卓球やラージボールをやり、試合にも出ているという。聞いたみたら、卓球だけでなく、会社を定年退職してからは日本各地の山に一人でよく登ったという。福岡の空港でMさんが卓球の試合帰りというのにお会いしたこともある。友人と南米のマチュピチュに旅行したこともあるという。

高齢者で、元気に活躍している人を見ると、勇気づけられる。90歳代の二人の話から、山登りは健康にいいということ(今更私には無理だが)と、毎日運動することと、高齢者でも何か目標を持ちその達成を目指すことの大切さを認識した。

オートエスノグラフィー(autoethnography)について

オートエスノグラフィ―という方法で書かれた論文が今、社会学、人類学、教育学等の分野でよく見られるという。学問の新しい分野に疎くなっている私には、少し驚きの新鮮な情報である。Bing Chatは簡潔に下記のように説明する。

<オートエスノグラフィー(autoethnography)は、著者が自己省察および著述を通じて、自身の個人的経験を調査し、その自伝的なストーリーをより広い文化的、政治的、社会的な意味・理解へと結びつけるための質的研究の一形態です。具体的には、研究者が自身の経験を詳細に記述し、それを文化的な文脈で分析します。これにより、個人的な物語が社会全体の理解に貢献することを目指します。例えば、研究者が自身の文化や社会の一員としての経験を記述し、それを通じてその文化や社会の特性や問題点を明らかにすることができます。オートエスノグラフィーは、コミュニケーション研究、教育、社会学、人類学など、さまざまな学術領域で用いられています。この方法は、研究者自身の視点を重視し、主観的な経験を通じて新たな洞察を得ることができる点が特徴です。>

 他の文献では、下記のような説明がなされている。

<個人的なことを書けば、そのままAEになるというわけではない。自分のことを書いた文章をAEたらしめる必須要件として、多くの概説書が挙げている相互に関連する3つの要素がある。それは、〔A〕auto(自己性、主観性、個人的な体験)、〔B〕ethno(集団や文化の信念、慣行、アイデンティティ)、〔C〕graphy(記述、解釈、表現)である[e.g. Adams & Herrmann 2020:2]。すなわち、〔A〕を用いて、〔B〕を〔C〕することで、AEは日記や自叙伝(autobiography)や自己語り(self-narrative)と区別される表現行為となるのである。いずれの要素が欠けても、一般的に、AEとはみなされない(北村 毅「オートエスノグラフィで拓く感情と歴史 序」(『文化人類学』87/2 2022.9)

<喚起的AEにおいては,ある出来事の学術的文脈よりも,生活上・実践上の文脈の中での位置づけが重視される。それは,喚起的AEが,いわば「自己物語を介した対話的・共感的なコミュニケーション」の実践を目指しているからである。つまり,日常的な経験から自己物語を著述することによって,読者がテクストと対話したり,共感するようなコミュニケーションに参加したりすることを促しているのである>(土本哲平・サトウタツヤ「オートエスノグラフィーの方法論とその類型化)(対人援助学研究2022,Vol. 12 )>

実際、オートエスノグラフィーで書かれて論文には、興味深いものが多い。その方法を教えてくれた人の論文を含め、下記のような論文を読んで、その方法の特質を学んでいる。

1 浜島幸司「キャンパスライフと学生の成長—コロナ禍で問われる大学の姿勢」『高等教育研究24集』 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaher/24/0/24_49/_pdf/-char/ja 

2 高橋 勅徳「増大するあなたの価値, 無力化される私 婚活パーティーにおけるフィールドワークを通じて」(日本情報経営学会誌 2020   Vol. 40, No. 1・https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsim/40/1-2/40_201/_pdf/-char/ja)

3高橋 勅徳「新興市場でのオートエスノグラフィー:婚活市場において商品化される私」https://tokyo-metro-u.repo.nii.ac.jp/records/9333(東京都立大学)

私自身は、民族誌学的な研究、京都学派の文化社会学的研究、新しい教育社会学、内田樹の知性論 (http://blog.tatsuru.com)、村上春樹のノンフィクションの方法なども、この方法との共通点があると感じている。学びを続けたい。