千葉の紅葉―亀山湖

千葉〔県〕は、気候が温暖で、気温の差があまりなく、その為、紅葉の見どころがあまりない。
それでも、房総半島の真ん中より少し南の「亀山湖」の紅葉は綺麗だった記憶があり、犬(ソフィー)の散歩を兼ねて「亀山湖」をナビに入れて、出かけた。

家から車で1時間半ほど。房総半島の真ん中の田舎の景色は、なかなか風情があり、千葉にもいいところがあると思った。田んぼの周囲は低い丘陵で、穏やかな景色が続いていて、その先に「亀山湖」(人工ダム)があった。
http://koyo.walkerplus.com/detail/ar0312e13257/
亀山湖では、とても入り組んだ湖で、その周囲の紅葉を、乗り合いのボートで見ることできるようになっていて、観光客で賑わっていた。犬連れでは無理で、今回は乗船をあきらめた。それに紅葉には、また2週間ほど早すぎたようだ。
ソフィ―は、ドライブも、散歩も、同じ犬種の犬との出会いも、楽しんでいた。帰りは、内房に出て、房総の日の入りを見ながらの帰還となった。

授業記録メモ(敬愛大学「教職概論」11月18日1時限)

テーマ 多文化教育と教師
 内容 
1  国際化、グローバル化、多文化化する社会で求められる教育とは何か。
2 「異文化間的視点」とは、どのようなものか。
3 「転換アプローチ」について(A 大学教育と、B 原爆投下のテーマで考える)
4  ETV特集「原爆をどう教えるかー日米の教室から」(1995年9月28日)視聴
5  多文化教育の実践の方法とは何か。

 要点
 国際化、グローバル化する社会の中で、異文化間的視点や多文化教育的視点を持った教育実践が求められている。
それは、単一文化論的視点」や「比較文化論的視点」ではなく、文化が相互作用を起こし相互作用や共生をする「異文化論的視点」(佐藤郡衛)であり、マイノリティの視点に立った公正を目指す[多文化教育]の視点(松尾知明)である。
 具体的には、多文化教育の「転換アプローチ」(バンクス)により、自分とは違った視点からの考察が重要である。たとえば、第2次世界大戦について、アメリカの白人男性の視点からではなく、女性の視点、黒人の視点、日系アメリカ人の視点から考えてみることが重要である。
 今回は、「転換アプローチ」の練習問題として、A 大学教育に対する学生の視点と教師の視点の両方から考える。B 広島・長崎への原爆投下に関して、日米の両方の視点から考える、という2つの課題を課す。以下、その解答(一部転載)
 多文化教育の視点に立ったETV特集「原爆をどう教えるかー日米の教室から」を視聴し、考えを深める。

 リアクションの一部 転載

3 転換アプローチの演習 (以下は、すべて学生自身の記述)
A 学生の視点 v 教師の視点
(A-1)大学の教師は、学生のこのような気持ち(要望)がわかっていない。
授業が一様でつまらなく、眠くなってしまう。楽しい実践的な授業をしてほしい。もっと面白い授業をしてほしい。話だけでなく、実習のようなものを取り入れてほしい。もっと中身のある授業を望む。小学校の現場に行ったとき、役立つ実践力の向上が目指せる授業を受けたい。教師を目指しているからといって、小学校や中学校のような授業を受けたいわけではない。誰とでももっと距離を近くにもってほしい。授業中寝たくて寝ているわけではない。授業妨害者へきちんと対処してほしい。課題が多数重なり健康を害することがある。休講の連絡が遅い。大学は勉強だけでない。勉強以外の社会勉強もたくさんしたい。

(A-2)学生は、大学の教師のこのような気持ち(要望)がわかっていない。
授業を聞いてほしい。静かに真面目に聞いてほしい。寝ないで授業を受けてほしい。授業に集中してほしい。頑張って作ったレジメだからしっかり授業を受けてほしい。学ぶ意識が低い。教員の気持ちを感じる努力をしてほしい。伝えたいことがたくさんあるのに。学生は先のことがよく分かっていない。授業をする身になって授業をおこなうことがどれだけ大変か考えてほしい。話が分かっているのかわかっていないのかわからない。学生の為になると思って話をしているのに考えをくみ取ってくれない。予習を前提の授業をしているのに、学生は予習をしてこない。スマホや他の授業の課題をされると講義のモチベーションが下がる。授業中の私語は雑音なので出て行ってほしい。俺がここまで調べてきた最高の授業なのになぜ感動しないのだ。必要な知識を身につけてほしい。もう少し大人になれないかな。話をしっかり聞いて、自分で課題を見出してほしい。上を目指す割にはそれに見合う努力を学生がしていない。あまり手間をかけないでほしい。様々な視点があることに気が付いてほしい。もっと勉強に励むこと、敬愛大学生としての自尊心を持って生活を送ること。

B 広島・長崎への原爆投下 
(B-1) 広島・長崎に原爆を投下し、多くの人を殺したのは、ひどい(日本の視点)
アメリカは怖くて憎い。ひどい。非戦闘員を無差別に殺すってありえない。同じ人間なのに。そこまでしなくてもよかったのに。原爆を投下する以外にも方法はあった。そんな大勢を殺す必要はなかった。無残に殺した、許せない。理由を知りたい。2度も落となくても戦争を終わらせることはできたであろう。非人道的だ。戦争は残酷。道徳的に間違えている。アメリカはひどい国だ。卑怯だよ。無残すぎる、

(B-2)アメリカが広島・長崎に原爆を投下した理由(アメリカの視点)
これ以上戦争を長引かせれば、原爆以上の被害が出る。しょうがなかった、こうするしかなかった。、日本を変えるため。日本に目覚めさせる為の手段。必要な犠牲。降伏させるため。さらに多くの命が失われた。自軍を失いたくない為。戦争を終わらせるため。早く日本を降伏させるために仕方がなかった。。日本全体が戦争加担者。アメリカ国民をこれ以上、殺させない為。見せしめ。真珠湾攻撃への仕返し。日本憎い。東京に落とさないだけ、ありがたいと思うべき。早期に決着の為。世界の中で優位に立つ為。やらないとアメリカが危ない。結果よかった。日本が宣戦布告してきたから。戦争に勝つため。(殺戮の)規模の大小は問題にならない。日本から仕掛けたお返し。日本が降伏しないから。終戦させるために仕方がなかった。先にやらなければ、こちらがやられてしまう。日本北部をロシヤに奪われない為。力の強さを示す為。実験

(上記への武内の感想―今の学生は、他者の視点(ここでは大学教師の視点、アメリカ人の視点)に立って考える力(共感力、洞察力)は、十分に持っている。)

犬の散歩

昨日(15日)は、海浜幕張のイオンモールのイルミネーションがきれいという評判を聞き、ソフィー(犬)も一緒に連れて行った。電飾の迷路があるだけで、音も大きく、ソフィーは興味を示さず、早く帰りたがった。
http://makuharishintoshin-aeonmall.com/special/lists/illumination

今日(16日)は、夕方になってしまったが、ソフィー(犬)を、御宿の砂浜に散歩に連れて行った。
今日は、御宿海岸は風もなく、穏やかで、夕日が沈んでいくところで、ソフィーもゆったりした海岸散歩を楽しむことができた。

学生シンガーソング・ライター

私の非常勤先の授業(「教育社会学」)を受講している学生で、シンガーソング・ライターで、歌っている若者がいる。「是非その曲を聞かせてほしい」と言っても、控え目なのか、笑ってスルーされる。
そこでyou tubeで名前を入れて検索してみた。すると、彼の歌が聞けた。ギターの弾き語りで、独特のいい声で、リズム感も抜群で、明るいさわやかな歌で、好感がもてる。
You tubeで,3000回以上のアクセスもあり、かなりの人気であることがわかる。さらに人気が出そう。今後の活躍を期待したい。

敬愛大学で、音楽をやっている学生諸君(軽音、アカペラ等)も、負けずに頑張ってほしい。(you tubeに載せ、3000以上のアクセスを獲得するというのも一つの達成目標になるのではないか)

国際的なT小学校を訪問

本日(11月12日)は、敬愛大学のゼミの2年生(こども学科)15名を引き連れて、千葉市立T小学校の授業を見学してきた。
この学校は、在籍児童数270名のうち、「外国にかかわる児童」(外国籍、ニューカマー)は、11か国106名と4割近くいて、教育の国際化がすすむ中で、苦労も多いが、興味深い学校である。中国籍の子どもが多く、中国残留孤児の3世、4世の世代も多いとのことであった。
目的は、学習支援の学校ボランティアの下見だったが、実際は、校長先生と・教頭先生の案内のもと、2時間目の全学年の授業を見学させていただき、その後の行間休みと3時間目の授業に自由に授業見学、学習支援をさせてもらい、教職を目指すゼミの学生に大変勉強になった。
ゼミの学生は、さすがこども学科の学生だけあって、皆自然な形で子どもたちの中にとけこみ、子ども達との交流を深め、学習支援を行っていた。
子ども達の中で、中国語が飛び交うこともあるが、ほとんど日本語で、どの子が外国籍の子どもかは、すぐにはわからない。子ども達にとって、ここが故郷となる学校だということで、学校側も子ども達を分け隔てなく平等に扱い(中国語に翻訳したお知らせ類も親には出しているが、)真の国際交流がなされている、と感じた。

これがきかっけになり、学習支援のボランティアの学生も出て、敬愛大学とT小学校の交流が深まり、御互いの学校(大学)の活性化に繋がれば、うれしい。

学生の感想
・勉強になることがたくさんありました。子どもが「あそぼー」とゆって、寄ってきて来てくれたのがとてもうれしかったです。
・外国の子どもが多いということでしたが、一見すると普通に日本人と変わらず、クラスに溶け込んでいるように思えた。日本語を学習する学級があるのが印象的でした。
・先生が外国籍の子どもをサポートしつつ、普通りに授業をしていて、子ども達も外国籍の子に協力して、とてもあたたかく感じた。
・日本人と外国籍の子どもが仲よく、国の壁というものがなかった、日本人の児童は、外国人の児童には親切に接し、仲よく仲よく勉強、遊びをしていた。