大学人と所属について

私たち研究者も所属がいろいろなところで関係する。学会で発表する時のプログラムには、名前の前に所属(○○大学等)が掲載されている。学会の発表の時質問する時も、「名前と所属を言って下さい」と司会者から言われる。
全く個人資格で研究し発表しているのに、なぜ所属を表示する必要があるのだろうと思う。
銘柄大学の所属や肩書がついていると、何か偉そうに見え、威光効果があるのかもしれない。
何かのシンポジウムやパネルディスカッションでも、登壇者の所属が大事で、名の知れた大学の教員が選ばれることが多い。また大学人の移動をみると、偏差値の高い大学や有名な大学へという流れがある。

 ただ本当に優秀な人は、所属に関係なく、その人の名前が知れ渡っていて、名前が一流の証明になっている。本人も所属大学は気にせず、自分の研究条件に有利になれば、銘柄大学からそうでない大学や所属に移る場合がある。でもそれが出来るのは、ごく一部の優秀な、そして勇気ある研究者である。
 私たちの世代やその前の世代は、そのような勇気ある研究者・大学人はあまりいなかったように思うが、後続世代にそのような優秀な勇気ある研究者が出始めている。
 教育社会学では、苅谷剛彦氏や広田照幸氏が東大教授の身分を蹴って他に移っているし、最近ではアクティブラーニングの研究でも有名な溝上慎一氏が京大教授を辞して桐蔭学園に移っている(smizok.net)。
 肩書ではない実力で勝負する若い大学研究者に、我々古い世代も鼓舞されることが多い。

カテゴリー: 未分類 パーマリンク