共感の論理

名古屋大学の渡邉雅子先生より、最新のご著書(『共感の論理―日本から始まる教育革命」(岩波新書、2025)をお送りいただいた。その内容に感銘を受け、その紹介兼ねて、「内外教育」の「ひとこと」に、下記のような拙い短文を書いた。渡邉先生のご著書の趣旨ははずしてないと思うが、いつものことながら、最後は話題が別の方向に向かい、まとまりのない文となってしまった。原著を読むことをお勧めする。

近代化の行き詰まりと日本文化の再考    武内 清

明治以来欧米諸国をモデルにしてきた日本の社会や教育あり方が再考を迫られている。今欧米の近代化の矛盾がさまざま露呈している。伝統的な日本文化や日本人の特質も再評価されている。/ 稲作中心の農耕民族の日本人は、近隣と同じ時期に稲刈りをすることで、自然災害を免れ収穫を確保してきた。それで日本人には周囲の集団へ同調する習性がある。それは自己主張の強い個人主義ではなく、自分が属する集団への同調や調和を第一に考える間人主義(浜口恵俊)である。/ 西欧の個人主義は、本来個人の自由と同時に他者の自由も尊重するものであるが、自己の利益のみを追求し他者を手段視する利己主義に陥る傾向がある。日本人の集団への同調傾向は、封建的な家父長制度、男女の不平等、軍国主義への追従を生んできた。このように個人主義も集団同調主義も両義的である。/ 日本は明治以降の近代化の過程で、身分によらない地位獲得競争が生じ、自己本位の意識が芽生え、周囲への共感や同調は薄れていった。/ 渡邉雅子名古屋大学教授は、西欧の個人主義は他者の事情や求めを無視し勝ちであるのに対して、日本の共感の論理は「万人の中にある人間性(仏性)」を根拠にして普遍性をもつとしている。「誰かが苦しんだり悲しんだりしているのを見た時、その人の状況に身を置き、自分ごととして苦しみや悲しみを感じて手を差し伸べる」共感重視の日本的な心性や教育(特に作文教育)は、利他主義を育成できるとしている(『共感の論理―日本から始まる教育革命」(岩波新書、2025)。/日本人の共感性や利他主義は、日本の学校文化や学級文化の中でも養われてきた。学校行事や学級での授業や協働的学びで、仲間や集団への共感性が養われてきた。学校や学級の風土や生徒文化への同調から児童生徒が受ける影響も大きい。勉強文化が優位の進学校での進学実績は高い。いじめを許さない学級の風土のもとではいじめは起こらない。共感の論理を普及し世界の平和もはかりたい。(内外教育7289号 「ひとこと」 2025年11月2日)

風の便り86号

辻秀幸氏の「風の便り86」を掲載する。今回は魚や貝の話。今回の「風の便り」を読んで考えたことを、2つチャトGPTに聞いた。一つは、「日本でよく食べられている魚のベスト3は何か?2つ目は、日本人は魚と肉とどちらをよく食べるのか、その時代的な変遷は?」。その回答は下記。

•質問1の回答―1位 サケ(鮭)  — 年間世帯あたり約 2,068 g/2位 マグロ(鮪)  — 約 1,589 g。 3位 ブリ(鰤/ブリ)  — 約 1,307 g。

質問2の回答―「魚食文化」はかつてほど日常的ではなくなってきており、特に若年層や共働き世帯では、魚を選ばず肉を選ぶ傾向が強まっています。消費統計を見ると、肉消費が魚消費を上回って久しく、魚離れ・魚食の減少は顕著。これは食生活の多様化・簡便化の流れ、漁業・流通の構造変化、そして価格や手間の問題など複数の要因が絡んでいます。 (詳細な回答は、下記)

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モミジの紅葉と雪化粧の富士山

 紅葉の季節は終ろうとしているが、各地で遅くに紅葉するモミジが見頃になっている。先週(19日-21日)は、熱海や箱根のモミジの紅葉を楽しむことできた(1枚目―熱海の梅園のモミジの紅葉)。またもう秋のコスモスは終わりで見ることはできないと思っていたが、アクアラインを降りて途中立ち寄った「横須賀くりはま花の国」には多数のコスモスが咲いていて壮観であった。その脇には寒い冬に咲く皇帝ダリヤの花を見ることができた(2枚目)。寒くなると、雪化粧の富士山の雄姿も、箱根や伊豆から楽しむことができる(3,4枚目の写真は、箱根十国峠からの富士山-雲の間からつかの間姿を見せたくれた)

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生成AIと言語― チャトのGPTに聞く

質問

チャットGPTの場合、日本語の質問は、一度英語に翻訳し、英語で回答考え、それを日本語に翻訳するのでしょうか? それにしては、日本語の微妙なニアンスまで理解しているような回答で驚きです。

ChatGPT:の回答

結論から言うと、いちいち英語に翻訳してから考えているわけではありません。/■どう処理しているのか。ChatGPT(GPT-5.1)は、「日本語 → 英語」→「推論」→「英語 → 日本語」というような段階的なプロセスを取っていません。もっと正確には、複数の言語をひとつの巨大な意味空間(semantic space)の中で処理しているという状態です。つまり、• 日本語を見た瞬間に、そのまま「意味」を内部表現に変換する。その内部表現のまま推論を行う。その内部表現を日本語として自然に出力する、という、言語中立の処理をしています。/■なぜそんなことが可能なのか.。学習の段階で、日本語の大量の文章、   英語の大量の文章、さらにその対応関係や、多様な文脈の使われ方をすべてまとめて学習しています。するとモデル内部では、例えば「寂しい」「切ない」「居着く」「媚びる」など、日本語特有のニュアンス語でも、英語に正確に変換しなくても「概念」として扱えるようになる、ということです。また、日本語の語感・文体・含意(婉曲性、丁寧さ、距離感)も、膨大な学習を通じて統計的に獲得しています。/■人間に例えるなら海外生活が長くて、日本語で聞かれても英語で自動的に思考し英語から日本語に訳して返すというよりも、「日本語でも英語でも、直接その意味で考えられるバイリンガル」に近い感じです。/■だから「微妙な日本語のニュアンス」も理解する。「翻訳 → 思考 → 翻訳」だとニュアンスが必ず落ちるはずなのに、そう感じないのは、 日本語で思考できる回路が内部に形成されている。文脈と意図を、言語を超えた意味表現で理解する。出力の際も、日本語らしい自然な表現を生成するといった処理をしているためです。(もしよろしければ、「日本語でどのくらいニュアンスを理解できるのか」試してみたい具体例(短文でも複雑な文でも)をいただければ、分析してお答えできます。)

秋のバラの花を楽しむ

秋は紅葉の季節だが、同時に秋咲きの花の季節でもある。秋に咲く多くの花の中で、忘れがちなのは四季(秋)咲きのバラの花である。うちの庭でも今年の初夏に谷津のバラ園の購入し植木鉢に植えた白い四季咲きのバラが少し前から次々に咲いている。

昨日(11日)は、家から車で20分の谷津のバラ園に秋のバラを見に行った(シニアの入園料は250円と格安)。広いバラ園に入場者は数人しかいなかったが、初夏の最盛期の3分1くらいの花かもしれないが多くの種類のバラが咲いていて、静かな中で、十分にバラの花を堪能することができた。

谷津バラ園の外の公園の桜の葉が色ずきとても綺麗であった。秋は四季咲きのバラと、桜の葉の紅葉を楽しめるというのは、新しい発見であった。

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