アマチュアの合唱団の演奏を聴く

昨日(25日)は、JR錦糸町駅近くにある「すみだトリフォ二ーホール」で開かれていた「すみだ音楽祭2019」を聴きに行った。4つのアマチュア合唱団のステージ(それぞれ1時間ずつ)を聴いたが、どれも期待以上の出来で、聴きに来た甲斐があったと思った。

どの合唱団も週一回程度の練習で、プロの指揮者がいて、年齢は50歳代か60歳代が多いという感じである(70歳以上の人もちらほら見られた)。若い頃に、学校や大学で合唱をやっていて、その醍醐味が忘れられず、齢とってからも合唱を続けているという感じの人が多かった。

「女声合唱団シューベルト・コーア」は、51人の多人数で、オーケストラや歌劇の曲を、指揮者・編曲者の吉元貴弘氏が合唱用に編曲した曲を歌い、意欲的な曲編成で、アマチュヤにしては難しいことに取り組んでいるなと感じた。

「ブルーメンコール」は、女声が49名、男声は11名と、混声にしては少し偏った編成だが、男声も遜色なく、宗教曲をしっかり歌っていた。パイプオルガンの荘厳な音も加わり、さながら教会で合唱を聴くような感じであった。

「隅田川合唱団」(混声)は、ここも男声は6人と少なかったが(女声31名)、合唱用のとてもいい編曲の曲を丁寧に歌い、思わず聞き惚れる合唱であった。(アンコールの拍手が少なく、アンコールがなかったのが残念)

「すみだ男声合唱団」は、男声26人の少人数の編成で、年齢も高く、期待をしなかったが、一番感銘を受けた。男声合唱は混声に比べ音域が狭い為、ダイナミズムに欠けるのかと思ったら、とてもきれいで、完成度の高い演奏であった。とりわけ「男声合唱のための組曲<蔵王><両国>」には心打たれた(ただ、ポピュラーな曲の演奏はつまらなかった)。最後の「男声合唱とソプラノ独唱のための落葉松」は、ソプラノ歌手の浦野美香の歌が素晴らしく、それと男声合唱のジョイントは、アマチュアの域を超えていると思った。

音楽は、自分たちで楽しむ域と人に聴かせていいと思ってもらう域の境がはっきりあるなと感じた。今回、アマチュアながら後者の域の演奏をいくつか聴きことができラッキーであった。

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「江藤淳没後20年」(『新潮』(2019,9月号)を読む

月刊誌の『新潮』(2019,9月号)が、「江藤淳没後20年」という特集を組んでいる。そのうち高橋源一郎「江藤淳になりたかった」と、上野千鶴子「戦後批評の正嫡 江藤淳」の2編には、とても感心した。ともに2019年6月8日と1日に神奈川近代文学館で行われた講演の記録だが、講演でこれだけ内容の濃いことが話せるのかということと、演者の江藤淳への敬愛の気持ちが表れている内容で、心打たれる内容であった。

江藤淳に関して辛辣なことも書かれているが、二人の話の底流には江藤淳への信頼があり、読み終わって、いい読後感であった。また、夏目漱石、吉本隆明、加辞典洋(「江藤の深い影響から出発した」)、内田樹などのことが、話の中でしばしば登場し、共感できる部分が多くあった。

高橋源一郎にしても上野千鶴子にしても、イデオロギー的には江藤淳とは対極にある二人が、江藤淳の批評の卓越性を評価し、その人間性への信頼を語っているのには心動かされるものがあった。

村上春樹は作家と読者の「信用取引」ということを言っているが、(村上春樹・川上未映子『みみずくは黄昏に飛び立つ』新潮社5)、その「信用取引」(「一生懸命時間をかけて、丹精を込めて僕が書いたものです」という作家の依頼を、「わかりました」と信頼して受け取る関係)も二人の語りに感じることができる。

高橋源一郎の、「一身で二生を経る」(2つの時代を生きる)という指摘(江藤淳は、1932年生まれで、戦前と戦後を生きている)もなるほどと思い、江藤淳に心酔するあまり、若い時に「江藤淳とそっくりの文章を書いていた」という回顧も興味深かった。

上野千鶴子が、江藤淳の『成熟と喪失』には、後のフェニミズム批評やミソジニー(女性嫌悪)の考え方が含まれていたという指摘には、日本の保守的な男性の代表のような江藤淳の批判眼を的確に評価して、さすがだと思った。

私が江藤淳の本を読んだのは『成熟と喪失』な最初で、その後『アメリカと私』「夏目漱石論』などを読み、こんなに鋭利な生き方や見方、豊かな感受性、切れ味のいい文章を書く人が、吉本隆明の他にもいるのだと驚き、その後江藤淳の本は、ほとんど購入して読んだ。武蔵大学在職中、学生が講演に江藤淳を呼びたいといい、私は講演の世話係だったので、江藤淳に依頼の手紙を書き、自宅に電話をかけ、講演当日名刺を交換した。(その名刺には、表は江藤淳とだけあった。肩書のない名刺をもらったのはこの時限り)。私は私にとって雲の上の人のような江藤淳に直に会い、感激と緊張のあまり、行動や発言がかなりぎこちなかった(変だった)のか、ゼミの学生から、「先生(の講演前の挨拶)が一番面白かった」と言われた。


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映画「天気の子」を観る

今日は、7歳と5歳の子(孫)と映画「天気の子」を観に行く予定にしていた。ところが、行く間際になって、子どもたちは、「行かない」と言い出した。仕方がなくひとりで映画を観に行くことにした。とにかく話題の映画は見ておかないと、時代に取り残される。特に若者に人気の映画は見ておかないと、若者の心情がわからなくなると思った

「天気の子」を上映している映画館は、JR千葉駅から徒歩10分のところにあり、客席は120席程度の小さな映画館。入りは、4分の1程度で、小学生も少しいたが、主流は高校生の女子。年寄りは私を除き一人もいなかった。以前にジブリの映画を観た時は、いい年の大人がひとりアニメ映画を見るのが恥ずかしくて親戚の小学生5年生の女の子を誘って行ったが、今回はひとりなので、存在をなるべく消すよう、息をひそめて観た。

映画の感想は、映像がきれいということと、退屈せず見ることができたというのが1番の感想。話は単純なので、4~6歳の子どもでも、楽しめるように思う。ジブリの映画のように、いろいろな解釈を考える必要もないので、子どもでもわかる。今の子どもにとって、ジブリの映画の映像は古く、この新海誠監督の「天気の子」の映像の新しさに惹かれるのではないかと感じた。ただ、幼い子どもと年寄りが共に楽しめる映画って、あり得るのかどうかわからない。(以下、ネットの感想を少し掲載しておく。)

「映像はとても綺麗。とくに雨の描写は素敵だった」「前作に引き続き、素晴らしい映像美とRADWIMPSの曲がマッチして、何度見ても鳥肌が立ちます。ストーリーも「君の名は」に引けを取らない。とにかく見てほしい、そんな最高の映画です」「君の名はほど、難しい内容ではないので、小学生が見ても楽しめます」「ストーリーは 君の名は、のように複雑でなく 単純 だ。彼と 彼女の物語 なのだが、 自分自身の内側の 物語 という風に 私は見た」「見知った景色がたくさん出てきて素敵すぎた。最後も感動した。東京も雨も素敵に描いてくれて、心地よい余韻に浸れる」「内面の心理描写に物足りなさを感じた」「音楽も映像もとても良くて。話の内容も個人的には君の名はより天気の子の方が理解出来ました。」「人を強く想う気持ちってこういうことなのかと思わされた」「世界観や絵とは思えない美しい映像は引き込まれます」「何といっても映像描写がダントツに凄い!特に雨。思春期の純粋さと愚かさ、そして怖さが上手く描かれていました」「面白かったけど、ちょっと粗が多い作品だったなぁという感想です。」
https://eiga.com/movie/90444/review/nospoiler/2

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朝顔のまき時について

当然のことだが、花の種にまき時時がある。また水やりにも注意が必要だ。朝顔は、雑草に近い花だから(?)いつ蒔いても大丈夫だろうと、今年は8月の中旬に、去年の種を庭の土にまいたが、なかなか芽を出さなかったり、芽を出しても伸びが遅い。

ネット(https://horti.jp/122)調べると「アサガオは、5月中旬〜下旬が種まきの適期です」、(種に)「芽切り(爪切りなどで傷をつけてから種を蒔く)」が必要。「アサガオを育てる最初のステップは、時間のかかる土作りです。中性〜アルカリ性の土質を好むので、鉢植えなら草花用の培養土を使います。鉢植えの土を自作するなら、赤玉土5:腐葉土4:川砂や牛糞堆肥1くらいの割合で混ぜた土を2週間ほど寝かせてから利用していきます」「1日の水やりの目安は春や秋が1回、夏は2回ほどです。ポイントは、気温が高くなる時間を避けること。気温とともに温度の上がった水は根を傷つけ、蒸れの原因になります。昼間の暑い時間やツルが伸びる夜中の水やりは避けてください」と、その種まきや水やりの注意がいろいろ書かれている。

子ども(孫)が、学校から夏休み前に持ちかえった朝顔は、学校できちんと種まきや土の配慮をしているのか、毎日きれいな花を咲かせている。私がまいた朝顔に配慮の足りなかったことを朝顔に詫び、これから培養土を足したり、水やりに気をつけてみたい。確か、遅咲きの朝顔の種なので、これからでも咲いてくれるかもしれない。

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雑誌『文藝春秋』9月号を読む

世界、中央公論、文芸春秋、婦人公論、潮、思想などの総合雑誌を、人々はどの程度読んでいるのであろうか。私自身それらを段々読まなくなっていることを感じるが、総合雑誌の発行部数の推移などをみると、年々減少しているので、他の人も同様なのであろう。今の大学生は、そのような雑誌があること自体知らないかもしれない。

私の場合、その時々の芥川賞の小説は読みたくて、それの掲載されている『文藝春秋』を購入する(年に2度)。今回は2019年9月号。第161回芥川賞「むらさきのスカートの女」が掲載されている。

この小説は選者の評価は高いものの(「書く技法の高さに文句のつけようがない」等)読み始めてみるとストーキングする女とされる女の物語で、文章にキレもなく退屈な小説だなという感じで、途中で放り出しそうになったが、我慢して読み進めると、この二人の関係が奇妙で、それに気づくと一気に面白く読めた。

総合雑誌は雑多な内容が満載なので、ついでに他のところもつまみ読みしてみると、いろいろ知識が得られる。それをメモしておく。

1 最近の若者の髪形は人類史上最低のヘヤスタイル。日本的な「眉目秀麗」の逆を行き、眉と目が髪で隠れている(美輪明宏)。

2 ジャーニーズ喜多川に対しては、少年に対する性的虐待者という見方と、日本に少年のグループでブロードウエイのミュージカルに匹敵するものを作った偉大な人(美輪明宏)という見方がある。

3  韓国の文在寅政権の敵は、日本ではなく国内保守派。

4 日米安保条約は、日本をアメリカは守る規定になっているけれど、アメリカ(人)が攻撃された時、日本(人)はアメリカ(人)守ろうとしない。アメリカの一般人から見たら、とても不公平な条約(橋本徹)

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