健気(けなげ)―瓢箪(その2)

まだ瓢箪(ひょうたん)は,リビングの窓のカーテンとして窓を覆っているが、蔓は上に伸びる一方、枯れはじめた葉もある。
枯れた葉を取ろうとして、間違えて新しい蔓の部分をカットしてしまった。
捨てるのは忍びなく、しばらくでも生きればと思い、花瓶に挿したら、健気に生き続け、花まで咲かせた。
逆境に健気に生きる瓢箪の姿に、心打たれた。

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藤原新也 Cat Melon

藤原新也には会員制のサイト(ブログ等)があるが、それとは別に1か月に1度くらいの頻度で更新されるCat Melonという公開のサイトがある。
www.fujiwarashinya.com/talk/
そのサイトに、今回の尾畠春夫さんの理稀ちゃん救出に関して、下記のようなマスコミでは言われていないことを書き、話題になっているという。
氏の過去のインドなどの旅行体験からきた氏独自の視点であろう。

<理稀ちゃん救出劇雑感。(藤原新也 cat Melon より一部抜粋)>

大島町で行方不明になった二歳児の理稀ちゃんが大分からやって来た尾畠春夫さん(78歳)に救助された一件はすべての曇りを取り払うがごとき快挙だった。私はこの救出劇の過程には少々異なった見方をしている。
実は尾畠さんは理稀ちゃん発見直後に少数の記者に囲まれ即席の談話をしている。その時、以降の記者会見の席やインタビューでは出なかった言葉がある。
彼は(出立のとき)「カラスがカーカーうるそう鳴くもんじゃけ」と口走ったのである。
私はこのカラスこそ今回の奇跡とも言える救出劇の隠れた立役者だと直感した。
私個人は尾畠さんが580メートル先上空にとりやま”を見たのではないかと思う。このとりやま(鳥山)は海にも立つが陸や山にも立つ。そしてそのとりやまの下には獲物があるということだ。その獲物は生きている場合もあり死んでいる場合もある。とくにカラスのような物見高い鳥は何か下界で異変があると騒ぎ立てる習性がある。これは日常的に死体が転がっているインドにおいても同じことである。
尾畠さんはおそらくその不吉なカラスのとりやまを遠くに発見してピンポイントでそのとりやまの下に向かった。私はそう考える。
20分の奇跡はかくして起こった。
そしてまた今回の奇跡の救出劇にそのような隠された事実があったとしても尾畠さんの快挙に微塵も汚点が生じるものではない。そしてそれ以上に今回の一件は助けたいという「念」の勝利でもある。その念とは愛に通ずる。(藤原新也)

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カズオ・イシグロの「遠い山なみの光」を読む  水沼文平

カズオ・イシグロの処女作である「遠い山なみの光」を読みました。読み終わっての
感想は話の展開が良く理解できなかったということです。

ロンドンの近郊に住む初老の悦子(「わたし」で登場)はロンドンから戻ってきた次
女のニキと語りあっています。悦子は長崎で長女の景子を生んだ後に離婚、評論家の
英国人と再婚、イギリスに渡ったようです。その英国人との間にニキが生まれました
が、景子は引き籠りの末、家出をしてマンチェスターで自殺をします。

悦子は英国人の夫と娘の景子を亡くし、日本での昔の思い出に浸ります。悦子の思い
出は若い頃に住んでいた長崎のことです。朝鮮戦争が始まったという時代設定なので
原爆投下から5、6年経った頃ですが、原爆で荒廃しているはずの長崎の街中や稲佐の
描写にかなりのタイムラグを感じました。

新婚の悦子は長崎郊外のアパートに住んでいます。悦子は戦争孤児だったのか緒方と
いう長崎の大物教育者に拾われ、その家で育てられ、緒方の息子と結婚します。悦子
は近くの一軒家に住む佐知子とその娘万里子と知り合います。佐知子は東京から流れ
てきた女性です。佐知子は東京で度重なる空襲を経験、戦後はチャラ男の米国人と知
り合い彼を頼りに渡米することを願っています。娘の万里子は空襲の恐ろしい体験が
忘れられない猫だけに心を許せるいじけた女の子です。

この小説には、戦後の混乱の中でさまざまな人物が登場し、夫婦、選挙、地域などで
の「いざこざ」が描かれています。その背景には戦前の「規律と忠誠心」と戦後の
「民主主義と自由」との対立があります。

戦前保持派の代表者が緒方さん、うどん屋の藤原さんであり、悦子の亭主の二郎で
す。この小説に頻出する「将来の希望」という言葉はタイトルの「「遠い山なみの
光」と合致するものですが、その体現者が悦子だと思います。世話になった家の息子
と結婚し子も生したのに、その恩義も忘れて英国人と一緒になってしまう新しいタイ
プの女性。小説では悦子は「戦前保持派」のような人物として描かれていますが、実
は佐知子は悦子の分身で、自殺した景子は万里子の分身として書かれているようにも
思われます。

1954年生まれのカズオ・イシグロは5才の頃長崎を離れています。ノーベル賞作家に
は申し訳ありませんが、彼が日本と日本人について書くのはちょっと無理があるよう
な気がします。

育った環境と言語が人間を形成するという認識を改めて感じました。やはりカズオ・
イシグロの代表作は英国人として書いた「日の名残り」や「わたしを離さないで」、
短編の「夜想曲集」だと思います。

よく分からない小説を読んで、よく分からない読書感想になってしまいました。

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最近のプールに行く

娘の家族が九十九里のプールに行くというので、海が見たくてついて行く。
千葉県最大級のプールといううたい文句の「蓮沼ウォ―タ―ガーデン」へ。
家からは車で1時間10分ほどのところ。watergarden.hasunuma.co.jp/
今日(17日)は平日だが、お盆休みの人もいるせいか、かなりの人出。
入場料が子ども(小学生未満)200円、小中学生400円と安いが、大人は1700円と決して安くはない。
ただ、いろいろなプールがあり(海、渦、浦、岬、浅瀬、湖、渓流,沢など20種類ある)、使う水の量も多く、従業員も多数必要な為、決して儲かる商売ではないのかもしれない。それにプールは天候に左右される。
3歳と6歳の子(孫)は、波のプールやスライダーなどいろいろなプールで楽しんだ模様。土地柄か、家族連れが多く、子ども達の歓声を聴きながら私はテントの中でうつらうつらして、日頃の疲れを取る。
近くの九十九里の海に寄る暇がなく、雄大な海を見ることができなかったのが少し残念。

追記ープールから海に出られるようになっていて海を見ることも出来たし、海水浴も出来たとのこと、後から知った。残念。

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watergarden.hasunuma.co.jp/

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教育の素人が決める教育政策の危うさ

教育は誰もが受けてきたことなので、誰もが一家言もっている。とりわけ功成り名を遂げた人は、「自分のように偉い人間になれたのは受けた教育のせいでありその教育の方法で万人を教育すればいい」と考え勝ちである。

政府の教育関係の審議会は、上のような考え方に立ち、委員のほとんどが教育以外の分野で功成り名を遂げた人(社長、芸術家、タレント、学長等)であり、教育の研究者が入ることは少ない。
教育のこと管轄する文部科学省の官僚も、大学で教育学を学んだものは少なく、政治や経済が専門のものが多い(確か国家公務員試験の教育職で試験を受けても文部科学省に入れない)。さらに、最近は、文科省の官僚が入試の不正に関わったり、文科省の信用はガタ落ちである。
このような状況の中で、国の重要な教育政策が、教育の専門家抜きで、全くの教育の素人の考えで、しかも上から決められていることに、危惧を感じる教育関係者は多い。
教育政策が、文部科学省ではなく、内閣府主導で提言され、それが専門家の意見も聞くことなく、官邸主導で実行に移されていく。
大学の経営統合や再編、学長への権限の集中化、授業料の減免や給付型奨学金を出す大学の選定を行政官庁が行う等、およそ教育の理念や実態にそぐわない政治や経済の論理で、行われようとしている。(上記は、高等教育政策の分野のことであるが、初等中等教育の分野では、IT関係のことに注意する必要がある)

このようなことは、教育研究者が皆危惧していることであり、高等教育研究者の羽田貴史氏が、「教育学術新聞」(平成30年8月8日号)に「混乱に充ち、根拠なき最近の高等教育政策」と題して、明解に批判している。

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