ジョンレノンの非暴力・反戦活動

19日のBS11で、ドキュメンタリー映画「PE ACEとBED; アメリカvsジョンレノン」(2006年、アメリカ映画)をやっていて、少し見た。
昔、ジョンレノンとオノヨウコのベット・インの報道を見て、そんないい印象を持たなかったことを覚えている。
そこに、この映画で指摘されたような、深い思想と非暴力の反戦活動があったとは、当時、思い至らなかった。ベトナム戦争を遂行するアメリカのニクソン大統領とFBIは、ジョンレノンとオノヨウコの反戦活動に脅威を感じ、盗聴、尾行、さらには迫害を実行していった。映画では、その様子が、克明に描かれていた。
FBI長官が、自分たちの立場を正当化する時、「愛国心」、「道徳心」、「自分の国家と家族を守る」「強い意志」、「神への信仰」という言葉を繰り返しもちいていた。その言葉のもとに、ベトナムでの戦争、そしてそれに反対するジョンレノンとオノヨゥコへの迫害を行っていたことを、銘記しておきたい。

若者文化とハイ・カルチャー

東京成徳大学の「青年文化論演習」では、3年の中村拓未君が、「若者文化とハイ・カルチャー」というテーマで、興味深い報告をしてくれた。 その内容は、大体次のよう。

若者文化とは、青少年層に支持されている文化的形態や活動のこと。特徴として、既存の文化から異端とみなされる新しい価値観を持っている。
ハイ・カルチャ―とは、学問、文学、美術、音楽など人類が生んだ文化のうち、その社会において高い達成度を示していると位置づけられるもの。
ハイ・カルチャーの若者文化で代表的なもの
① 音楽→ロック(1950年代)、ヒップホップ(1970年代)、ビジュアル系(1990年代)
② ファッション・ライフスタイル→モボとモガ(1920年代)、ヒッピー(1960年代)、
パンク・ファッション(1970年代)、ヤンキー、ギャル、おたく。
③ メディア→アニメ、漫画、コンピューターゲーム
④ その他→ ケータイ、合コン
それぞれの時代に、若者はその時代の若者文化を体験し、その極みまで達すると(それがハイ・カルチャー)、それが身体化され、共通の世代体験となる。
団塊の世代には、学生運動のハイ・カルチャ―がある。
今の若者世代は何がハイ・カルチャーであろうか。それはケイタイ(スマホ)文化かもしれない。

私の場合の青春のハイ・カルチャーは何だろう。実はいくつもあって、それを今の学生に押し付け、「時代遅れ」と言われているのかもしれない。

千葉でも大雪

昨日(14日)は、成人式の日。千葉でも午後から雪が降り始め、どんどん積り始めた。敬愛の2年生にも、新成人がかなりいるものと思われる。今年の成人式の若者には、気の毒な天気だった。
雪国に行かなくても、街中が、一面真っ白な雪景色になるのは、変わり映えのしない日常に降ってわいた非日常で、たとえ寒かろうが、電車やバスが止まろうが、なんとなく嬉しい。
(実際は、母の介護に行った「ちはら台)で足止めを食い、そこでさらに1泊し、敬愛の1時限の授業に間に合うように、早朝に実家を出て、大学に向かった)

放送大学大学院修士論文のテーマと審査

一昨日(1月13日)は、放送大学大学院の岡崎研究室の修士論文の審査があり、そのお手伝いに、千葉幕張の放送大学(本部)に馳せ参じた。その日審査された論文は4本で、そのうち3本を読ませてもらった。そのテーマは、下記である。
① 病弱・虚弱児(病気療養児)の支援ネットワークのあり方について(室正人)
② 私立学校研究ー日本の私学政策の歴史と江戸の教育から私学の今後を考察する(櫻井清近)
③ 県立図書館は高校生の読書活動をどう支援できるか(西田尚美)
④ 地域情報における市民の意識と地域メディアー(岩見龍也)
これからわかるように、放送大学の院生の研究テーマは、自分の仕事の関連したことが多く、関連してデータを集めたり、仕事で新たな試み(実践)をしたりで、それを広い視点からまとめ、考察するという内容のものが多くなっている。皆、自分の仕事(実践)を、学問(理論)によって見直すという意義のあることをしているという印象を持った。
審査では、本人の口頭説明を聞き、それに質問し、コメントした。私自身は、テーマ的にも内容的にも教えられることが多々あった。たとえば、次のようなことである。
① 学校における病弱・虚弱児(病気療養児)の現状は、全国で2万人は存在するにもかかわらず、その実態はほとんど把握されておらず、その支援も手薄になっている。
② 江戸の教育(寺子屋、藩校など)には、近代以降の教育には失われた貴重なものがある。たとえば、少人数、個別教育、習得主義、素読の学習法、平和教育など。それらは、現代の教育に取り入れると有効なものがたくさんある。
③  高校の調べ学習などに、県立の図書館がテーマ別セット貸出のような形で、支援することが可能なことがある。兵庫県立図書館などでは一定の成果を上げている。
④ 市民が地域メディアに求める情報の分類や類型化を行うことができる。そこから現代の地域メディアの在り方が考察できる。
その院生たちが集まっての議論やおしゃべりも有意義であった。前日(12日)から岡崎研究室の修士1年生や院生のOBも集まり、さまさまな議論がなされた。一番、多く話題になったのは、やはり東北の地震やその支援のことであり、震災の被災地の映像(ドキュメンタリー)を見ながら、震災対策に関して話し合った。引き続き東北への支援は必要であり、さらに首都圏(千葉、神奈川、東京)も他人事ではなく、震災対策を早急にしなければならない。