古い友人からのメール

大学時代に、同じ授業を取っていて、よく話した友人(しかし、大学卒業以来会っていない)から、福島に関する本を出したので、読んでほしいというメール(下記に抜粋)
をもらった。彼が福島出身であることを思い出した。是非読んで、彼からも話を聞きたい。

ご無沙汰しています。突然のメールを差し上げます。井上 仁です。
福島第一原発事故で、故郷の福島県浜通り地区の住民15万人が、今なお、先の見えない避難難民生活を余儀なくされています。井上の生まれ故郷「双葉町」も、帰宅困難区域に指定されています。
福島県浜通り地区の15万人の住民が国の原発政策の犠牲となって、故郷を奪われ、生活基盤を根こそぎにされたまま、今なお先の見えない避難生活を余儀なくされています。怒りと悲しみと無念さはつのるばかり、何の咎もない住民にとって、この理不尽さは「悔しい、腹が立つ」、 まさに福島県の方言でいうことなのです。
ふるさと福島の皆さんとともに、「これまでの3年」はどんな苦悶の道だったのか、そして、「これからの3年」が正念場、今後どのような生活再建、村や町再興への道を歩もうとしているのかを「フクシマの記録」にまとめました。

井上仁『ごせやける、許さんにえ』言叢社、2014年3月

「フクシマの復興なくして、日本の復興はない」とした、あの時の思いをあらたに、国民の多くの皆さんに被災者とともに、この記録を共有していただき、フクシマ復興支援サポーターの輪を広げることに一層のお力添いを下さるよう、宜しくお願い申し上げます。
今後は、皆さんとともに、「フクシマMM」(フクシマメールマガジン)を媒介として、さらには勉強会や研究会等の集まりを通して、情報交換を行う「フクシマ復古支援ネットワーク活動」に取組んでいきます。あわせてご協力を宜しくお願い致します。
フクシマ復興支援ネットワーク 事務局 井上 仁 fukushima-n.w@belhyud.com

台湾へ行こう

先の戦争で、アジア諸国で同じようなことをし、中国、韓国からはいまだに憎しみと恨みを言われているにも関わらず、台湾からはそのような声を聞かないのは不思議である。台湾の人は日本人に優しい。それは、なぜなのか。それは、国民性の違いではないかと藤原新也は述べている。

そのような台湾の人との交友を歌った若い世代の動画を紹介させていただく(少し軽すぎるような気もするが)。

卒業おめでとう

敬愛大学の卒業式は、大学のアリーナで、例年通り行われた。卒業おめでとう。
卒業証書は、ゼミごとに配布するとのことで、全体の卒業式の後、ゼミ生が集まった。今年の私のゼミは男ばかり6人なので、少し殺風景。隣のゼミから一人女子学生に来てもらい、花を添えてもらった。
いい若者ばかりで、これからの人生が楽しみ。ほとんどが4月から小学校の教壇に立つ。
卒業パーティーは、海浜幕張にあるホテルマンハッタンで。パーティーの企画は下級生が全部上手に取り仕切っていた。お祝いの挨拶の他、歌や抽選会があり、楽しい会であった。
ゼミ生から、寄せ書きをした一升瓶をもらう。

ブログを書けない

放送大学でご一緒している先生から、「最近ブログを更新していませんね」と言われた。
高名な先生が、私のブログを時々見てくださっているとは、光栄である。しかも、その先生に無駄足を踏ませてしまって、申し訳ない気持ちで一杯である。

何も書けないのは、学年末の忙しさが続いていることと、変わり映えのない日常生活が続いているせいである。犬の散歩は欠かせないが、庭の雑草取りは怠っている。
今日は、これから、敬愛大学の卒業式。卒業生の門出を祝い、若さあふれる写真を撮ってこよう。

教育社会学の特質 (8日の話の原稿の一部)

 教育社会学のその特質を、簡単に言いますと、第1に客観性、第2に実証性、第3に脱イデオロギー(傍観者性)の3つあったように思います。当時の教育学が、主観的で、思弁的(哲学的)で、イデオロギー的であったことへの反動で、教育社会学はそのような特質を強調することで、自分たちの存在をアッピールしていったように思います。
教育のことを考えるとき、「こうあるべき」という理想や規範から考えるのではなく。「こうある」という現実から考えるという客観性や、どのような原因―結果の因果関係にあるのか、きちんとした自然科学に近い手続きで実証するという実証性や、運動や実践からは一歩距離を置くという脱イデオロギー性(傍観性)が、教育社会学の特質だと思います。
近年、この教育社会学の特質は、学問の確立とともに、薄れてきて、理想や規範の重視、主観性や感情の重視、政策提言や運動論への傾斜など、伝統的な教育学と変わらなくなってきていているようにも見えます。
昔、文部省と日教組の対立があった時代は、教育学は日教組より、教育社会学は文部省寄りの御用学問と揶揄されていましたが、今、最も政府の教育方針を批判しているのは、教育社会学の研究者になっています。これは、教育社会学の学問的特質は変わらないのに、世の教育風潮の方が、変わってきていると、教育社会学の研究者は考えています。
子どもや青年、そして学校のことを考えると時、その時の集団や制度や文化的なものがどうあるということが、子ども、青年、学校に大きな影響を及ぼしますので、集団や組織や制度や文化を扱う、社会学的視点は、とても重要になると思います。学校制度などは、政府の考えで、人為的に簡単に変えられるものですが、その制度変更が、日本全体に行き渡り、子どもたちや時の教育に大きな影響を及ぼします。また、教育の実際の過程は、教育制度、組織、集団のあり方と人の意識や心理や行動との相互作用によって進行していくように思います。そのダイナミズムを解明するのは教育社会学です