オール敬愛(学園)教職員の研修

毎年、敬愛学園(大学、短大、高校、幼稚園)の全教職員向けの研修が開かれる。それが、今年は8月22日(金)に開催された。毎年のことであるが、長戸路学園長の少し辛口のピリリとした挨拶(講演)から始まる。今年は、基調講演、パネルディスカッション、部会ごとの研修(大学部会はアクティブラーニングについて)と大変充実した内容で、学ぶところが多々あった。

基調講演の日経新聞編集委員・横山晉一郎氏の講演内容が「大学入試改革の行方」と題して、今の「大学入試改革の動き」を、「大学改革」や「高大接続」そして「学習指導要領の改訂」とも関連させての丁寧にわかりやすく、またジャーナリストとしての鋭いコメントが付され、とても感心した。

その他、明石要一・千葉敬愛短大学長のパネルの司会や部会での講演もさすがと思わせるものがあり、他の講師からも、貴重な話がたくさん聞けた。大学部会では、森島経済学部教授の指導のもと、教員が各自アクティブラーニングの授業案を持ち寄り議論し、ワークに参加し、教員同士の交流と多くの学びがあった。

学んだことを、ランダムムに、あげよう。

・大学改革には3つのポリシーがある。①ディプロマ・ポリシー(学位授与での方針)、②カリキュラム・ポリシー、③アドミッション・ポリシー

・(新)学力の3要素。①何を知っているのか(知識、技能)、②それをどう使うか(思考力、判断力、表現力)、③社会とどうかかわるのか。

・入試の3層構造.①高等学校基礎学力テスト、②大学入学希望者学力評価テスト(希望者)、③個別試験

・将来の予測のつかない社会で、これからの子ども達に必要なのは、知識の量ではく、自ら問題を発見し、他者と協力し解決していく為の資質や能力(学力の3要素)

・新学力観が先にあり、それに合わせるように大学入試改革が手段として考えられている。

・高大接続は、私立にとっては、生徒・学生の学力レベルを上げるチャンス。大学付属の高校の人気が高まっている(これは、不確実な大学入試への防衛策でもある)

・大学入試改革は、エリートの大学の問題。また国立・公立大学中心に考えられている。ノンエリートの私立大学にとっては、18歳人口の減少期にどのように学生を確保するかの方が急務。

・新大学入試テストは、センター試験の経験、実績をどのように受け継ぐのかが課題。

・1点刻みの合格、不合格の改革―1点の差のところに多くの受験生がいるーだからといって10点刻みにしたところで、合否のボーダーのものは同様に出るし、かえって、合否の差が広がる(20点合格、19点不合格→15点まで合格;20点でも15点でも合格ということは5点の差が意味がなくなる)

・2年生の秋に行われる高等学校基礎学力テストは、単なる学力テストでなく入試に使われるのであれば、高校2年生の文化祭準備や部活動が不活発になり、高校教育への影響は大きい。

・学力以外の面接等重視の入試は、お金をかけて塾や予備校で学べば、ノーハウが身に付き、かえって、経済格差が広がる。一発勝負の入試の方が、公平。

・15分の面接には、事前にノーハウを学べば乗り切れるが、30分の面接には人間性が出てしまう。それは、言葉と体験に裏打ちが出る。

・入試の公平と公正は違う。入学枠の入学数を決めるアメリカの大学のアファマティブ・アクションは、公平ではないが、公正である。

・教師自ら「学ぶことは楽しい」という心性・姿勢を持ち、それを生徒・学生に示すことが必要。忙しさを理由に学ぶ姿勢を失った教師から子どもは学べない。

・教育で大切なのは、「基礎・基本」と「こだわり」(興味)

・学びは、一つの課題が学び終わるとそこがゴールではなく、次の課題が生まれることである

・クローズエンドの教育(答えが見つかれば終わり)と、オープンエンド(答えがなく、新たな課題が湧き、それに向かう教育)がある。・授業の到達目標を定めることは、子どものモチベーションを高める効果がある。

・研究室に籠る、教壇から降りない大学教師に問題がある。大学教師は研究室から出て(あるいは研究室を開放し)、教壇から降りて学生の中に入っていかなければならない(学生の名前は、当然全員覚える)

・教職協働が必要―選手とコーチの協働のように。

・大学から高校への出前授業で、「学ぶ楽しさ」を高校生に体験してもらうことにより、その大学学部への進学を選ばせる方法(AO)が、成功している大学がある。

・市町村で、教育に特化した、税金や寄付を集め、それを有効利用しているところがある。(大学でも、同じような試みはある)。

 

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Shinya talk

 ここでもたびたび紹介しているが、藤原新也には、会員制のサイトCatwalkがあるが、それ以外にShinya talk という公開のブログがある。Catwalk のトークで書かれたもののうち10分の1程度が、公開ブログに転載される。それが、どのような基準で選ばれているのかわからない。

 今回(8月18日)、久しぶりに転載があり(前回は7月14日)、五輪のエンブレム問題。マスコミで言われていることとまったく違った視点(「世界には民族色という観点がある」)を提示していて、感心する。

 http://www.fujiwarashinya.com/talk/

あまり空を見る習慣はないが、時々は、空を見上げ、憂鬱な気分を吹き飛ばす必要があるかもしれない。

今日も日中は、時々雨が降り愚図ついた天気であったが、夕方から晴れ、青空が広がり、涼しい風が吹いていた。

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休みの後の憂鬱

毎日が日曜日で、退屈している老人からみると、月曜日の出勤の憂鬱さや長い夏休みの終わりを悲しむなんて、なんという贅沢と思うのではないか。私は中途半端な位置にいるので、両方の気持ちがわかる。

小中高生の頃、月曜日は憂鬱だったし、オーシンツクツクが鳴くと夏休みの終わりと焦った覚えがある。しかし、月曜日や長い休みの後の登校や出勤は、まだ人との距離やペースがうまく取れないで最初戸惑うが、そのうち慣れてきて、スムーズに行き出した時の快感も忘れられない。

律儀なサラリーマンだった人は退職しても、律儀な生活を送っている人が多い。私の所属している卓球愛好会の高齢者たちは、律儀に会社に通うように毎日卓球の練習に通っている。

このような、生活のリズムや喜怒哀楽について、今日(18日)の天声人語はよく書いている。子どもたちを憂鬱(自殺)から防ぐことも大切だ。

<お盆休みが明けて、きのうから仕事に戻った方もあろう。月曜の通勤は、誰もどこか浮かないふうだ。そのうえ各地で雨だった。〈傘の柄を握れば傘が連れてゆく眠りたりない駅までの路〉秋場葉子。スイッチが入らず、握った傘に引かれるように歩く物憂さも、月曜の朝はひとしおだ▼夜明けを待たずとも、日曜の夜に「月曜の朝」が忍び寄ってくるメランコリーは勤め人の一人として分かる。そんな大人の憂鬱(ゆううつ)よりずっと深刻に、夏休みが終わるのを思い悩む子らがいることを、先日の本紙記事で知った▼夏休みをはじめ長期休暇明けの前後は、自ら命を絶つ子が増えることが内閣府の調査でわかった。過去42年間にわたって18歳以下のケースを調べた結果だという▼原因をみると、小中学生では「家族からのしつけ・叱責(しっせき)」「学校の友人との不和」が目立った。高校生になると学業や進路の悩みが増えるそうだ。思いつめる若い心が痛々しい▼お盆を過ぎれば夏休みは駆け足で過ぎる。周囲は異変やSOSに敏感になったほうがいいときかもしれない。問いただすのではなく、打ち明けやすいように寄り添ってほしいと専門家はアドバイスをする▼〈「つらい時は泣けよ」って/力強くいって下さい/無理やりいいとこさがして/ほめて下さい/「あした宇治金時食べよう」/とか/ちょっと先の/未来の話をして下さい〉と、小林育子さんの詩「ピンチの時のお願い」はいう。ふわりと包む言葉とまなざしが、こんな時は必要だ。(天声人語、8月18、夏休み明けの闇)