河口湖合宿 無事終わる

14日〜16日の上智河口湖で開催した研究合宿が、多彩なメンバーの参加を得て、成功裡に終わった。
忙しい時期に、参加していただいた方に、心より御礼を申し上げる。
東京より車で駆けつけ、心打つお話しをして下さった潮木先守一生、中国の留学生4人を引き連れ参加してくれた筑波大学の黄順姫さん、的確なコメントをたくさんしたいただいた加藤幸次先生、あたたかく見守っていただいた水沼所長(教育研究所)はじめ、皆さんのおかげで、いい会になった。美味しい料理も、たくさん食べた。
河口湖は、紅葉もきれいだったし、富士山の雄姿も楽しんだ。
会の様子は、これから、皆の発表内容やメールをもとに、紹介していく。

IMG_0946

IMG_0960

IMG_0974

河口湖 合同教育社会学研究会(仮称)合宿

 下記の会が開催される。豪華な参加メンバーで、有意義な会になりそう。

 日時 2015年 11月14日[土曜日]~11月16日[月曜日]
 場所 上智大学河口湖ハイム (富士桜別荘地第8分譲地内)
11月14日
 19時30分〜20時10分    清水一巳(敬愛大学)
   自然遊びにおける大人と子どもの相互作用について
 20時10分〜20時50分 白石義郎(久留米大学)
  大学のスポーツ部活動について
20時50分〜21時30分   岩田弘三 (武蔵野大学)
     近年キャンパス文化事情
 11月15日
9時30分~11時  黄順姫(筑波大学)、栗山(筑波大学大学院)他、
大学と地域社会―同窓生・地域住民が大学を活性化する、他
 11時〜11時40分 加藤幸次(上智大学名誉教授)
      「小学校の英語教育について」
11時40分〜12時20分 潮木守一(名古屋大学名誉教授)
潮木先生を囲んで (教育社会学の過去と未来)
 14時30分〜16時30分  自由報告と討論
      望月重信(明治学院名誉教授)、横井佳代(放送大学学生)
      小林真人(中央教育研究所) 、水沼文平(中央教育研究所)
 11月16日
 9時〜10時30分   総括討論   岡崎友典(放送大学)

 参加研究会
 大学生文化研究会、教科書研究会(中央教育研究所)、SEガーデン
筑波大学リサーチユニット(グローバル共存・共生社会を生きる)

 世話役  岡崎 友典(放送大学),   
      武内  清(敬愛大学)fwne3137@mb.infoweb.ne.jp.

犬と子ども

家で飼われているペット(犬)は、いつも家族の愛玩の的であり、関心が持たれ可愛がられる存在である。しかし、そこに小さな子どもが侵入してくると、家族の関心がそちらに行ってしまい、自分の存在位置が脅かされる。
うちの犬(ソフィー)も、小さな子どもの侵入で、存在感が薄れ、いつもさびしい顔をしている。
ソフィーは、自分の位置を奪った小さな子どもに対して、どのような感情をもっているのであろうか。ライバルと思っているのであろうか、それとも弟のように思っているのであろうか。一度聞いてみたい気がする。

DSC_0548

DSC_0541

DSC_0542

教育課程論 講義メモ (2015年11月11日)

 今日のテーマ  教育と教養
 道徳教育→利己主義・利他主義→自分と他者、アイデンティティ探索(越境、他者との出会い、成長)という流れで、議論を進めてきました。
 それで、先週は皆さんのほとんどが観ている宮崎駿の「千と千尋の神隠し」の映画(の一部)を観て、その解説(本橋哲也『映画で入門 カルチュラルスタディーズ』(大修館書店、2006年)を読んで、考えてもらいました。
 皆さんの先週のリアクションを読むと、「千と千尋の神隠し」は子ども向けの映画かと思っていたが、越境や名前の喪失の意味や他者との出会いによるアイデンティティの探求のような深いテーマが描かれていたのか、という驚きのコメントが多く書かれていました。
 よい文芸作品(映画、小説等)は、いろいろな読みができるものです。この映画に対する読みも、本橋氏以外にもいろいろな人が書いています。たとえば、今日お配りした村瀬学『宮崎駿の「深み」へ』(平凡社新書、2004年)もなかなか鋭い指摘をしています。村瀬氏は、ヒロインが千尋という名前を失ったことは、元の世界との関係が絶たれることを意味すると、「由来」(過去、文化)の大切さを説いています。
 このように一つの作品をめぐっての様々な解釈があり、それらを読み比べてみたり、自分の解釈をそこに付き合わせ、友人がどのような解釈をするのかを聞いてみたり、そしてそのような解釈の違いが出てきた原因を探ったりすることは、教養として必要なことだと思います。
 世の中で、流行しているものは、それなりに人の心を捉えたものです。小説家で言えば、現代は村上春樹が一番有名な人だと思います。その作品を読んでおくことは、教員を目指す人には必須と思い、前回は『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(2013年)の冒頭の16ページを読んでもらいました(これを読めば、もう「村上春樹を読んだことはない」と言わなくていいでしょう?)。
その小説の後半を読むと、多崎つくる君のその後の巡礼の旅から、意外な事実が明らかになり、最初の彼の悩み(友人から仲間外れにされ自殺したいという思い)は何だったんだろということになります。
今回は、村上春樹という有名な作家の作品をとにかく読むということをしてほしかったのです。村上春樹のエッセイも読みやすいものなので、一部コピーしておきます。
ただ、このような有名な作家も、その見方が、空論だと批判もされることもあります。藤原新也による村上批判の文章をコピーしましたので参照してください。
 若い皆さんが、自分の好みのみに閉塞し、同質の友人とだけ交友を狭めるのは、もったいないことです。読書は、身近な人だけではなく、広い世界の人、そして過去の偉大な人との対話でもあります。境界を越え、異質に出会うことこそ、若い時にすべきことでしょう。
 竹内洋『学問の下流化』(中央公論新社、2008年)の現代の教養に関する文章も一部お配りしまたので、教育における教養の意味や意義についても、考えていただきたいと思います。
 教師は「教科書を教える」のではなく「教科書で教える」人です。教師を目指す皆さんは、このような広い読書を通して、教養の幅と深みを増してほしいと思います。
 (配布プリント A3で6ページ、これだけ読んでコメントを書いてもらうのも、今回の狙いの一つ)

IMG_20151112_0004