風の便り87-新年号

高齢になってから感じることは多々あるが、その1つに自分はなんて無知なんだろうということがある。専門以外の本(特に小説や評論)は、興味に任せ読んできたつもりであるが、最近人から聞いたり新聞を読んだり、生成AIに聞いたりしてはじめて知ることは多い。

辻秀幸氏の「風の便り87」は、お正月特集で「神様ほとけさま」の話であるが、「観音とは最高位の『ほとけ』にはあと一歩の菩薩という修行段階の姿の1つです。様々な菩薩か手分けして、忙しいほとけ様のお手伝いをします」「『仏・ほとけ』とはお釈迦様のことを指します。修行中でまだほとけになっていない観音、地蔵や警護役の四天王、仁王や、人間であるお坊さんの像は厳密には仏像ではありません」ということは、はじめて知った。高齢者こそ、生涯学習でいろいろなことを学ばなけれならないのかもしれない。

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新年のご挨拶

 新年明けましておめでとうございます。 皆さまにとって、今年がよい年でありますように。 今年もよろしくお願い致します。

 元旦には年賀はがきの年賀状をもらい、長く会っていない友人や教え子や知り合いの心のこもった一言を読み、近況を知ることは、大きな喜びである。しかし、皆年賀状書きは忙しい年末に負担になっているのではないか、長年続き辞めるに辞められないのではないかと思い、私の高齢を理由に「年賀状は今年限りにします」と添え書きをした。人生の1つの楽しみを失ったような喪失感もあるが、ネットの時代、はがきの年賀状以外の他の手段を考えたい。WEBの年賀状は昔流行った時もあるが、今は少なく私が今年受け取ったものは3通だけである。私の場合、ブログに近況を書いているので、それを読んでいただければありがたいが、アドレスを探すのは面倒だし、わざわざ日記状態の人のブログを読む気はおこらないであろう。万が一読んでもメールアドレスがわからず返信できない。

やはり、1年に1回近況を伝える年賀状は価値があるのであろう。年賀状ということではなく、季節の挨拶を、生きている証にどこかで出したいと考えている。これまで長く年賀状を送っていただいた皆様に心より御礼申し上げる。