彼岸花 & お墓参りの花

近所の道端に、彼岸花が咲いている。この花の由来や花ことばにはいろいろなことがあるようだが、今の季節に、趣があり、いろいろな思いをかきたてられる花である。

<彼岸花には、「葉見ず花見ず」という呼び名もあります。花が咲くときには葉がなく、葉があるときに花は咲かないという、ほかの植物とはちょっと変わった生活スタイルを、うまく言いあらわした呼び名だと思います。
 葉見ず花見ず秋の野に  ぽつんと咲いたまんじゅしゃげ  
から紅に燃えながら    葉の見えぬこそさびしけれ  (中 勘助)
彼岸花の花言葉は、「悲しい思い出」だそうです。墓前に咲いた彼岸花を眺めながら、亡き人を偲んで悲しみがよみがえる、そういう想いからつけられたものでしょうか。>(http://higan.jp/manzyusyage.html)

お墓参りに行く時、備える花はどうしようといつも迷う。お墓の近くの農家が野菜と一緒に売っている花を買うことが多いのだが、自分の家の庭に咲いた花を持っていった方が、亡き祖母や父は喜ぶのではないかと思い、そうすることもあるのだが、家人からは「そんな倹約はしないで、きちんとした花を買いなさい」と言われることがある。
りっぱな花も数日で枯れてしまい、後は無残な状態でいることを思うと、造花の方がいいのではないかと思い、造花もそっと添えることがある。
昔、田舎(兵庫龍野)のお墓参りに行った時、親戚のおばさんが、墓に行く途中の土地(庭か畑か山かよくわからない自分の土地)から無造作に花を取り、束にして供える花にしていたのが印象的であった。

地域により、お墓参りの時の花の供え方は、いろいろあるようだ。(Mさんのメールより転載)
「子どもの頃、春の彼岸に「削り花」(けずりっぱな)を供えました。これはやわらかい木を花のように削り、小枝にさし、赤や黄色に染めたものです。今では季節に関係なく生花が手に入りますが、昔の仙台では春の彼岸に咲く花は全くありませんでした。
 お墓に供えた「削り花」「線香」「おはぎ」は長かった冬を終えやっと春を迎えた北国の風物詩でした。温室栽培により姿を消して久しい「削り花」を数年前から見られるようになりました。 両親の墓前には「削り花」を供えるようにしています。きっと喜んでいると思います。」

単独者の見方

藤原新也が、自民党の総裁選挙や今の自民党について、氏らしい(=歯に衣を着せない=凄いこと)ことを、言っている。
どこの政党にも、またどこのグループにも属さない単独者の見方には、凄みがある。
   http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.php

栗拾い

栗拾いをするのは何十年ぶりであろう。半世紀前の小学生の頃、住んでいた市川(中山)で、友だちと自転車に乗り、栗の木の茂っているところに行き、栗拾いをした記憶がかすかにある。
 上智軽井沢ハイムの前庭とバックヤードは、台風の通りすぎた後で、毬(いが)に、包まれた栗が幾つも落ちていた。素手で拾うには痛すぎる。
 何とかいくつか拾い、家に持ち帰り、1個ずつ、一箇所に包丁を入れ、それをフライパンで揚げた。小さくて食べるのは一苦労だが、味はいい。ソフィーにも試食させよう。

 

軽井沢での料理

宿泊した上智軽井沢ハイムでは、自分たちで料理や飲み物は用意した。
1日目の夕食は、カタヤマで買った肉の鉄板焼きとサラダ、それに鯉のアライ。ビールとワインが美味しかった。
2日目の朝食は、早起きして自転車で行った軽井沢銀座のパン屋(浅野屋と向かいの店)で買ったパンとO氏の作る野菜スープにサラダと豪華。
お昼は、O2氏の作る鴨ナンバン蕎麦(これも美味しかった。O2氏は失職してもお店を開き生きていけると評判)。
夕食は、軽井沢で買えるお刺身をメインにして、ビールとワイン。音楽のことで、話が弾んだ(その間に台風は通り過ぎた)