映画『わたくしを離さないで』を観る

 昔、内向の世代と言われた古井由吉の「杏子」は愛読書で何度も読み返した。そして自分の頭の中で、小説の文章から映像をくっきり描いていたのだと思う。その小説が映画化されたというので勇んで観に行ったが、自分で描いていたイメージとかなりかけ離れていて、がっかりしたことがある。
 小説は読者が文字を読み、登場人物の心理やその情景を思い描く(イメージする)のに対して、映画は(多少のセリフはあるが)主に映像を通して情景や登場人物の心理を知る、という違いがある(マンガも同じ)。

 カズオ・イシグロの『わたくしを離さないで』のイギリス映画をビデオで観た。次のような2つの感想をもった。

 一つは、小説と映画がかなり違うということ。映画は小説の中のセリフを半分も使っていないように感じた。映画としては、原作に忠実に作ろうとしているのは感じるのだが、なかのストリーも原作を少し変え,単純化しているところがあった。小説の中の心理描写を出演者の表情や演技で示して、それを見る人に理解させようとしているのだが、小説の中の複雑な心理を映画で描くのはやはり難しいと思った。

 もう一つは、小説を読んだ時は、主人公達が早死にしなくてはならない運命の哀しい話だなと感じたが、この映画を観て(特に最後のところ)、人は若くして死ぬ運命にあろうと、歳をとってから死のうと高々50年ほどの違いがあるだけで、同じだなと感じた(宇宙の時間から考えるとほんのわずかの差)。
 死が哀しいことであるのには違いがないので、その意味で、小説でも映画でも、人の命や死に関して考えさせられる物語だと思った。