教育原論 授業記録(6月16日)

教育原論(敬愛大学1年生対象)の授業(教育原論、第10回目)の記録を残しておきたい。

学生に書かせたリアクションは下記。

教育原論 第9回 リアクション(6月16日)  教師について
番号       氏名
1 前回のリアクションを読んでの感想
2 教師には、「教育技術」と「子どもへの思いやりや熱い思い」のどちらが必要か。(両方の場合は、 教育技術(  /10)対(思いやり(  /10)、(向山洋一参照)
3 「教職症候群」(清水義弘)を読んでどう思うか。教師にどのような資質や心構えが必要か。
4 親方・徒弟関係(19世紀以前)のような関係は、現在の学校の教師・生徒関係に何か残っているか。現代の教師がそのような関係を再現するためには何をすればいいのか(宮沢康人「学校を糾弾する前に」参照
5 高校教師の現況に関するデータから何が言えるか(教師と生徒の距離や教師の年齢にも注目して)(武内清「高校教師の特質」参照)
6 教師は「自己実現系ワーカホリック(働き過ぎ)」に陥る危険性はあるか。それはなぜか( 本田由紀『軋む社会』参照)
7チームとしての学校(テキストp97-98、以前配布プリント)は、教師の多能化をなくすることができるか。
他の人のコメント(        )→

授業はいつものように、配布資料やテキストを使い、学生がそれを読み、私の説明も聞きながら理解し、自分の意見をリアクションに書く形式。 授業内容は、教師の側面の一面への言及に過ぎないが、教職志望の1年生が教師の本質を理解し考えるものになればと思った。

授業に先立ち学生に「どんな教師になりたいか」を聞いてみると、「子どもの気持ちに寄り添う先生」「一生懸命やる先生」という回答が多かったが、「どんな医者に診てもらいたいか」と聞き、向山洋一の文章を読んでもらった(NO1)
清水義弘先生の30年も前の指摘(「現代教師のカルテ」)が30年後の今も古くなっていないのに驚いた(NO2)。
宮沢康人先生の、親方―徒弟関係から教師―生徒関係に転換する19世紀のバウンズの描く半身の靴屋の図は、現代の教師の困難さを見事に描き、深く考えさせられる論稿で、学生に歴史的視点の見事さを感じ取ってもらいたかった(NO3)
武内清「高校教師の特質」は、教師になる人と生徒がいかに違う人間(性格)か(高校時代の過ごし方で検証)ということと、教師は年齢とともに人間嫌い生徒嫌いになっていくという現実を、データから知り、それへの対処法を考えてほしいと思った(NO4)
本田由紀『軋む社会』は、自己実現系ワーカホリックの奉仕型に教師も当てはまることを理解し、やる気や奉仕性ばかりでは、教師は務まらないことを知ってほしいと思った。

講義者(私)の思いが、どの程度学生に伝わったのか。それは学生の書いたリアクションペーパーの記述(内容)からうかがえる。
他の大学の学生(特に偏差値の違う学生)にも同じような話をしたら返ってくる反応が、どのように違うのか(違わないのか)試してみたい。(それは、大学進学率が高くなったことの意味を問うものになると思う。)

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