夏の風物詩―屋形船で花火を楽しむ

夏になると各地で花火大会が開かれる。
千葉でもいろいろなところの花火大会があり、うちでよく見に行くのは千葉市の花火大会(幕張の海浜公園で開催)や御宿の花火大会である。
花火大会は、無料で見ることができるのがいい。打ち上げの近くまで行けば、かなり大きな迫力のある綺麗な花火を見ることができる。
ただ、難点は、人が多すぎ混んでいて、押し倒されないかという身の危険を感じることがあることである。そうかといって、高い観覧料を払い、席を確保することのも気が進まない。

今回たまたま、屋形船から東京の夜景と東京湾花火を見るツアーに参加した。
屋形船に乗るのは生まれてはじめてだし、揺れるのではないか、人が多くて暑いのではないかと、最初あまり気が進まなかたが、実際乗ってみると、なかなか風情のあるものだと感じた。
80人乗りの船に50人ほどの乗車で、ゆったりしていて、冷房もきいていて、トイレも付いている。案内係の人が下町風に親切で、東京の下町のよさを感じた。
東西線の木場駅の近くの船着き場(昔からの水路の川、東京の昔の交通に思いを馳せた)から乗って、晴海などの海浜を周遊し、レインボーブリッジをくぐり、お台場に到着し、そこで停泊して花火を鑑賞。多くの屋台船が参集していた(我々の乗った船は年寄りが多かったが、なかには、若い人だけが乗ったにぎやかな船もあった)
船から眺める東京の夕焼けに生えるレイボ~ブリッジや高層ビルもなかなか綺麗。近くで見る花火も迫力満点。打ち上げられた花火が水に写りゆらゆら揺れて情緒があった(下記の写真参照、クリックすると拡大する)。

屋形船というのは、かなり古るからあったもののようである(その歴史に関しては、たとえばyakatabune.tokyo/history/
参照)
花火以外の時もいろいろなクルーズがある模様。何かのイベントで、皆で乗ったら、とても楽しい会になると思った。www.team-yoshinoya.com/yakata.html

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テレビで映画を観る

普段あまりテレビを見ない私でも、夏休みで暇になり、またこの暑さでテニスも卓球も出来ず、外に出かけるのもままならないとなると、テレビを付けて、チャンネルを回してだらだらとテレビを見ることが多くなる。
あまりバライエティやお笑いものは見る習慣はなく、事件もののテレビドラマをみることが多いが、テレビドラマというのは、制作費や時間がないのか、ちゃちな作りになっていて、映像が安っぽく、スト―リーに無理があり、見終わって、落胆し、時間の無駄をしたと思うことが多い。

その点、同じテレビでみることができる映画の方が、時間とお金をかけて作っただけあって、映像が重厚で、物語もよく出来ていると感じる。特にアカデミー賞を取った映画は、見るだけの価値があるものが多い。

最近「ネットフリクス」でみた3つの映画は、どれも面白かった。
「ラ・ラ・ランド」(観るのは2度目だが、今回の方が印象がよかった)
「レオン」(最後どのような終わりになるのかハラハラした)
「高慢と偏見」(主人公の女性が頭がよくきりりとしていて、魅力的であった)

「高慢と偏見」は、有名な小説でありながら、これまで読んだことがなかったので、是非読んでみたいと思い、本をアマゾンで注文した。
その小説のよさに関して次のようなコメントもある。
<映画は単純なラブストーリーになってしまっていて、映画だけ観ても目新しさというのはあまり感じられない。小説にはジェイン・オースティンならではの面白さがあるような気がする。小説には批評眼や独特のユーモアが光る感じがする。映画のダーシーも、それほど悪くはないのですが、映像はやっぱりイメージが固定されてしまいますから、小説の方が抽象的なよさがあって、ダーシーという人間の個性が、映像よりも逆によく分かる感じがあります。>
(https://ameblo.jp/classical-literature/entry-11063893819.html )

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毎日同じことをするor違うことをする? どちらが好み?

日常生活で、人は毎日同じようなことがくり返されるのを好むのか、逆に毎日が違っているのと好むのか。
もちろん、これはコトによるということであろうが、飲み会の場所や食事の種類などは、どうであろうか。
これには、個人の好みや家族の好みなどがもちろんあると思うが、国民性による違いもあるのかもしれない。

何か皆で仕事が終わって、皆でどこかに飲みに行こうという時、だいたい同じ店に行く場合と、同じ店はなるべく避けて新しい店を開拓しようという場合がある。飲む店は、その時のリーダーや仕切り屋の意向で決まることが多いが、それに従う人は、自分の好みとは違って、不満を感じているのかもしれない(新しい店に行きたいのに、どうしてこの会は毎回同じ店に行くのだろうか、あるいはその逆)

皆その日の夕食に何を食べるのかはどのような選択で決まるのであろうか。出されたものを食べるという「幸福な」人もいるが、一家の主婦が献立を決めるにしろ、その決定のプロセスはどのようなものであろうか。
一昨日の夕食は日本食、昨日は洋食だったので、今日は中華料理にし、明日は韓国料理かタイ料理にしよう、と考える日本の主婦は多いのではないか。つまり、日本人は毎日同じ味ではなく、日によってバリエーションをもたせ、毎日違った味を楽しむ。

ところが、イギリスはそうではないということを知って(「イギリス毒舌日記」による)、国民性の違いに気が付いた次第。

<イギリスの家庭のメニュー)1週間サイクルのメニューで暮らして(いる)。月曜日はフィッシュフィンガー(冷凍の白身魚のフライ)、火曜は缶のスープとサラダ&パン、水曜日は瓶のトマトソースにマカロニを和えたもの、木曜日は冷凍ピザ、金曜日はフィッシュ&チップス、土曜日はソーセージ&マッシュポテト、日曜日はパブにローストビーフを食べに行き、夜はジャケットポテト(ベイクドポテト)。これがサイクルで、このメニューが変わる事はないという。娘のクラスメイトのお母さん達と話していると、このメニューは珍しくない。
そもそも、子供の学校のメニューがこんな感じである。毎週同じものを食べて何とも気にならない。
言い替えればイギリス人は食の変化を好まないと言うコダワリがあ(る)>(https://ameblo.jp/wiltomo/entry-12395570822.html )

ただ、日本でも、朝や昼食は、パンかソバと決まっていて、一つのパターンがあり、もっと多様な食事をしている国民(民族)からしたら、日本の食は同じようで味気ないと思うのかもしれない。

飲食以外にも、学校の時間割も、アメリカでは、毎日同じ時間割、日本は毎日違い週単位で同じになるという、違いがあるのかもしれない。

この同じことを繰り返すことを好むのか、少しでも違うことをすることを好むのか、個人差以外に、どのような社会的文化的背景や国民性が働いているのであろうか。

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祭りのあと

吉田拓郎の歌に「祭りのあと」がある。

https://www.youtube.com/watch?v=n8OUm1rtS8A

皆で盛り上がり成功したイベント(祭り)ほど、それが終わったあとのさびしさはひとしおである。
人生とは、そのようなものかもしれない。

4日間で延べ12万5千人の入場者があったといわれる大きなお祭り・フジロック(www.fujirockfestival.com/news/)から1週間が経過した苗場を訪れる機会があった。
夏休み中の休日だというのに、人は少ない。多くの人が集まったステージのあった広場も、子ども達の遊んだ河原も、たくさんの若者が歩いたボートウォ―クも人はいない。ロープウエイに乗る人も少ない。さびしい光景を目にした。

これが、今の地方そのものなのであろう。バブル景気のはじけた後の観光地の姿といってもいい。ひと時のお祭りには人が集うが、サーと退いていく。

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ただ、人のいない苗場もいいものである。
自然は豊かで、緑もいっぱいである。ハイキングできるところや温泉が近くにたくさんある。
祭りのあとのさびしさを味わうのも、なかなか乙なものである。吉田拓郎の歌を聴きながら。
湯沢まで降りていくと美味しいお蕎麦屋もある。(中野屋・塩沢店 https://tabelog.com/niigata/A1504/A150402/15000073/)

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緑のカーテンー瓢箪

窓に緑のカーテンを作りたいと思うのだが、相手が植物だけでにうまくいかない。
例年は朝顔かゴーヤの緑のカーテンを出窓の外に作るのだが、今年はいつもの青の朝顔が芽を出さず、琉球朝顔も買うことができず、ゴーヤもあまりうまく育たなかった。
その代わりたまたま百円余で買った瓢箪の苗が大きくなり蔓を伸ばし、出窓を覆うようになってくれた。たくさん白い花が咲き、瓢箪ができはじめている。昔、瓢箪は中をくり抜き、水筒として使った覚えがあり、楽しみ。

追記 ネットで見ると、瓢箪に関して、下記のような説明がある。

https://kotobank.jp/word/ヒョウタン-1582733

<ウリ科の一年生つる草。ユウガオの1変種。植物体の形状はユウガオによく似る。全体に軟毛があり、巻きひげで他物に絡みついて伸びる。夏、葉腋(ようえき)に長い柄のある白色の単性花を開く。雌雄異花で、夕方に開花し翌朝しぼむ。果実が成熟すると、果皮は非常に堅くなるので、酒や水の容器として利用される。
 春、苗床に種子を播(ま)いて苗を育て、定植する。普通は垣根や日よけ棚などにはわせて栽培し、風流を楽しむ。容器をつくるには、完熟果を収穫し、口の部分に小さい穴をあけて水に浸(つ)け、果肉を腐らせ、水に溶け出させて除いたのち、十分に洗って乾燥する。
 用途は、水入れのほか、酒、牛乳、香辛料、石灰、塩、炭入れ、食器、酒杯、柄杓、薬壺(くすりつぼ)、矢筒、花器、茶器、虫籠(かご)など多様な容器、種播(ま)き器や箕(み)、種子入れなどの農具、浮きや魚籃(びく)としての漁具、喫煙器具、帽子、服飾品、装飾品、仮面、御守り、呪術(じゅじゅつ)や祭事用品、シンボル、食料、薬用、楽器とさまざまな分野にわたり、100を超える。
 中国では、ヒョウタンの中に別世界があり、道教の八仙の一人鉄拐(てっかい)仙人はその霊気で不老長寿を保つとされた。漢方医のシンボルに使われ、かつて魔除(まよ)けや御守りにされたのも、その思想による。孫悟空(そんごくう)がヒョウタンの中に吸い込まれたり、「ヒョウタンから駒(こま)が出る」という日本の諺(ことわざ)も、ヒョウタンの中に別世界があるとの考えに基づく。なお、「ヒョウタンから駒」の諺は、ヒョウタンから米が出る『宇治拾遺(うじしゅうい)物語』のスズメの恩返しや、『今昔(こんじゃく)物語』の僧の実力競べが基になった「ヒョウタンからコメ」から派出したとの見方もある。世界各地で土器に先だつ歴史があり、生活に深く結び付き、神話・伝説に登場し、儀式や儀礼、呪術などにもかかわり、ヒョウタンは文化に値する意義をもつといえよう。>

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