全国大学生協の学生調査報告書を読む

大学生に対する意識調査はいろいろなところで行われているが、単発ないし2〜3回程度継続で行われるものが多く、永く継続しているものは少ない。

その中で「全国大学生生活協同組合連合会」(大学生協)が毎年実施している調査は、規模も大きく、その継続性も断トツである。
昨年(2017年10月〜11月)に行われた調査は、第53回目で、全国30校の10021名から回答を分析している。
その貴重なデータと的確なコメントが満載の報告書が、最近(3月27日)発刊された。

『CAMPUS LIFE DATA-第53回学生の消費生活に関する実態調査』(全国大学生生活協同組合連合会 2017)。

 ネット上にも、プレスリリーフのデータと解説が掲載されている。

http://www.univcoop.or.jp/press/life/report.html

調査項目は、属性、住まい、大学生活(登下校時刻・サークル・就職など)、日常生活(生活時間・政治への関心など)、経済生活(暮らし向き・アルバイト・奨学金・1ヶ月の生活費・半年間の特別費など)、大学生協について、大学への意見、などである。

朝日新聞では、下記のような記事で、紹介がなされている。
1(2018年2月26日)
<大学生、読書時間ゼロが過半数 「読む」層は時間延びる>
 1日の読書時間が「ゼロ」の大学生が2017年、初めて5割を超えたことが26日、全国大学生協連合会の調査で分かった。一方、「読書をする」という大学生の平均読書時間は1日あたり61.1分で前年より2.5分延びており、「二極化」が進んでいるようだ。
 調査は昨年10~11月、大学生協を通じて、全国の国公私立30大学の学生を対象に実施し、約1万人から回答を得た。その結果、1日の読書時間が「0」と答えた学生は53.1%で、前年より4ポイント増加。この5年間で比較すると、18.6ポイントも増えていた。
 読書時間を「120分以上」と答えた学生は5.3%で、10年以上にわたってほぼ横ばいで続いている。同連合会は「大学生になって本を読むかどうかは、高校生までの読書習慣で決まっているのではないか」と分析している。(杉原里美)

2(3月21日)
<読書とスマホ時間 関係薄い?>
 全国大学生活協同組合連合会が17年10~11月、大学生協を通じて、全国の国公私立30大学の学部学生約1万人から得た回答によると、1日の読書時間が「0」の割合は53.1%で、前年より4ポイント増加していた。調査を始めた4年以降、5割を超えたのは初めてだ。1カ月の「書籍費」は自宅生が1340円、下宿生が1610円で、どちらも1970年以降、最も低かった。
 読書時間が減った一方、1日のスマートフォン(スマホ)利用時間は、前年から15.8分増え、177.3分(男子174.4分、女子180.8分)になった。
 スマホ時間が長いほど、読書をしない傾向にあるのだろうか。同志社大学学習支援・教育開発センターの浜島幸司准教授が調査を分析したところ、「読書時間の減少にスマホの直接的な強い効果はみられない」という結果が出た。
 むしろ、読書時間の短さには、文系よりも理系、医歯薬系といった属性が関係していた。読書時間「ゼロ」が増えた背景には、入学前に読書習慣がない学生が多いことに加え、入学後も読まない学生が増えていることがあり、浜島准教授は「読書習慣を身につけさせる施策(実践)が必要だ」と指摘する。
 在学中に読書習慣を養ってもらおうと、大学生協は全国約170店舗で「読書マラソン」を開始。約3万人の学生がエントリーし、自分の読んだ本の感想をPOP(本の紹介文)に書いて店頭に掲示するなど、読書を通じた学生同士の交流を広げているという。
 今回の学生生活実態調査では初めて、「現在関心を持っている政治に関するテーマ」も尋ねている。政治の動向への関心が「ある」と答えた約6200人でみると、関心があるテーマの1位は「外交・安全保障」(54.1%)。「ない」と答えた約3700人では、「雇用・労働環境」(38.0%)が最多だった。(杉原里美)

私が注目したのは、1つは、学生生活の充実度。「充実している」⁺「まあ充実している」が、72.2%(1990年)→72.1%(2000年)→ 83.3%(2010年)→88.8%(2017年)と、この27年間で17%も増えている。
もう一つは、大学生生活の重点で「勉強や研究」が19.5(1980年)→20.3(1990年)→24.0(2000年)→26.0(2010年)→36.2(2017年)と、年々確実に増えていること。この37年で17%増えている。

大学生の読書離れがいわれながらも、今の大学生達は勉強への関心や関与は高まっており、大学生活の充実度も高まっている。これは、日頃大学生接していても感じることである。

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ジェンダー研究

国際ジェンダー学会・教育分科会の主催で、河野銀子編著『女性校長はなぜ増えないのか』(勁草書房、2017年)の合評会が、4月22日(日)に開催されるという。お知らせを、合評会の本の編者の河野さんよりいただいたので、その会の詳細のわかるアドレスを記載しておく。

http://isgswe.aiyweb.com/news.html

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野の花

  大学に行く途中の道端には、野の花が,けなげに咲いている。
 
  これらの野の花は人間からは、雑草扱いだが、それなりに美しい。

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子ども向けの映画を観る

今の子どもはテレビやyou tubeで映画を観ることがあっても、本物の映画館で映画を観ることはほとんどないのではないか。
 3歳と5歳の子ども(孫)二人を連れての映画を観に行った。二人とも映画鑑賞は初体験。果たして最後まで観ることができるか戦々恐々。しかも付き添いは私ひとりだけ。映画はドラえもんの映画(「宝島』)。(入場料3歳以上千円、シニア千円、一般1800円)
 映画館には上演時間間際に入ったせいもあるが、場内がすぐ暗くなり、予告編が始まり、3歳の子は「怖い」と言って、すぐ外に出たがった。そこは何とかなだめ、私の膝の上に乗せてことなきを得る。 5歳の子は大丈夫そうだが、画面と音が大きくてびっくりして、手で耳をふさいでいる。
 席は指定席で、前から6列目のスクリーンのよく見える位置にしたのだが、その位置から画面はとても大きく、早い動きの時は目が回るほど。音も大音響。特に予告編は、音が大きく、動きが早く、目と頭がくらくらする。
 はじまって40分くらいは、二人とも何とかおとなしく見ていたが、その後急に3歳の子は、「外に行きたい」と言い出し、仕方なく5歳の子に「ここにいてね」と言い含め、下の子を連れて外に出る。
 大きなポップコーンを買って場内に戻り、空いている最後尾の席に移り、ポップコーンで気を紛らわせながら、残りを観る作戦に切り替えた。二人ともストーリーはだいたい理解した様子。3歳の子はそれから40分ほどはおとなしく観たが、残り20分のところで飽きてぐずり出し、仕方がなく外に出て、外で待っていた母親(娘)に預けた。5歳の子は最後まで見て、映画初体験を楽しんだ。
 今の映画館は、昔と違い、スクリーンが大きく、音も大きく、動きも早いので、後ろの方の席で見てちょうどいいと思った。
観た映画の予告編をパソコンでみると、画面もきれいでちょうどいい大きさで、今の映画も後でテレビ放映される用につくられているのではないかと思った。
 この前に映画を劇場で見たのが昨年の3月16日(「ラ・ラ・ランド」)なので、1年ぶりの映画鑑賞であった。子ども向けなので映画鑑賞という気分ではないが、とにかく子ども一人が最後まで観れてよかった。

   http://doraeiga.com/2018/

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日本人の自然観、桜観ー桜の季節7

日本人の桜に関する態度は、昔と今では違っているということらしい。その説明は下記。

Japanese people are often referred to as great lovers of nature. It is also observed that they have a keen appreciation of the scenic beauty with which their country is blessed. Japan’s geographically and climatically distinguishing traits seem to have helped develop their sensitivity to subtle nuances in landscape that may escape the notice of foreigners. History has also played a part in forming their aesthetic sense as we can observe that Japanese people have not always displayed the same reaction to scenery in nature.

When cherry trees come into full bloom people will not only stroll around enjoying the sight but also gather sitting on mats below the trees and participate in socializing, drinking, and singing. Most Japanese believe that it is very natural for them to enjoy the bloom of spring this way, but they are all wrong.

It was not until the Edo era that people came to be carried away by the cherry blossoms. Before then, the space beneath the cherry blossoms was far from a delightful spot and was rather avoided. This was because people were afraid of its atmosphere, sensing the presence of some evil spirit there, especially when no one was around. In fact, several people were rumored to have gotten lost there, driven out of their wits.

In the past, at Suzuka Pass, which is still famous for its mountain cherry trees, travelers had no choice but to pass through a cherry tree forest and they would run through it as fast as they could, as if running for their lives. When travelers came to the forest in the spring, their fear would peak. Even the best of friendships between two travelers could be broken by the time they reached the other end of the forest, since the slower runner would bear a lifetime grudge against his faster friend.

This belief in the spell of the cherry blossoms gave birth to Ango Sakaguchi’s famous novel “In the Forest, Under Cherries in Full Bloom” in which a robber who attacked travelers at Suzuka Pass ended up falling victim to the evil spirit of the cherry blossoms.

By the same token, although this may sound contradictory, Japanese have not always admired the subdued tint of autumnal leaves. Before the taste of the simple and subdued was introduced as wabi and sabi, Japanese were more fascinated by the blazing crimson of tinged maple leaves in autumn. Such taste was reflected especially in their clothes. Foreigners would be amazed by the vividly bright colors and showy patterns of the clothes worn by noble ladies in the Heian period. This may be a good example to show that nothing can be taken for granted in our view of any specific culture.
(2015年 武蔵大学 入試問題)

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