潮木守一先生のエッセィ

 私が学生時代に最初に教育社会学を教わったのは潮木守一先生である。先生はお元気で、今も次々と本を書かれている。最近に送っていただいたエッセィを、先生のご了解を得て、掲載させていただく。

A 本の周辺「雑学の登場」
はるか昔の少年時代の記憶である。地方小都市では本屋にもそれぞれ格があった。格の高い書店、格の低い書店、その中間の書店。その違いは少年の目にもすぐ分かった。あまり格の高くない書店は、小さな子供向けのぺカペカした本を売っていた。教科書販売をメインにしている書店の店頭では、およそ無愛想な店主がいつも面白くもないといった顔で座っていた。その書店は教科書販売の時だけで、年間の利益をあらかた上げてしまい、後は売れても売れなくてもいいのだそうだ。それが店主を無愛想にさせたのだというもっぱらの話だった。
それに対して、その町一番の格式を誇る書店では、風格を備えた店主が堂々と店頭に控え、店の気品を発揮していた。この書店がほかの書店と違う点は、店頭の一番目につくところに、難しげなタイトルの哲学書を並べていた点だった。それはほかの書店には並ぶことのない種類の本だった。今にして思えば、そのような難しい本を買う客はそう多くはなかったことだろう。けれどもほかの書店が扱わない難解な専門書を扱っているということが、その店の格を醸し出していた。
最近我が家の近くの駅ビルの中に書店ができたというので、様子を見に行った。最近の書店のレイアウトはどこもそうだが、まず店頭には雑誌類とかタレント本とか漫画を並べていた。しばらく店内を物色しているうちに、書店の一番奥まったところに「雑学」という名札のついた小さなコーナーがあることを発見した。「雑学」とはどういう本のことなのか覗きにいったところ、そこに人文書、哲学書、思想関係の本が並んでいた。かつては書店の格を誇示するために店頭に並んでいた本が、今や書店の一番奥の目立たない棚に、しかたなく並べられていた。これが「世間相場」というものなのであろう。あまり長生きをすると、見たくない光景に付き合わされることになる。その時、改めて思い知らされた。
 
B「本の周辺」
 初めて自分の小遣いで本を買ったのは、中学生の時だった。もともと我が家にあった親の買った本ではなく、はじめて「自分で買い求めた本」を手に入れた時は、単純にうれしかった。それから80歳になった今日まで、さまざまな本を買い集めてきた。人生のある時期までは、一冊一冊「蔵書」が増えてゆくのが、理屈抜きでうれしかった。やがて部屋を改造し書棚を増やし、いかにも「籠城」を気取るかごとく、身辺を本で囲むのが自慢だった。
ところがいつ頃からか、目指す本を探し出すのにやたらと時間がかかるようになった。足の踏み場もない部屋をあちこち探しても目指す本が見つからない。それ以前に本の置き場を作り出すのに苦労するようになった。床の上に山積みで本を置くと、もう下の方の本は取り出せなくなる。無精をして下から「えいや」と引き出そうとすると、本の山が崩れ、それが隣の山を崩し、部屋中が収拾がつかなくなる。ましてやダンボールに仕舞い込んでしまうと、その本はあきらめるしかない。ダンボールの側面にいくら丹念に書名を書き込んでもダメなものはダメだった。
その頃からデジタル化が話題となり始めた。そしてアメリカの有力大学が歴史上残されている書籍をすべてデジタル化するという話まで飛び込んできた。この話を聞いてしめしめと思った。デジタル情報だったら検索が楽で、目指す文献を探し出すのに苦労しないで済む。世の中の本がすべてデジタル化されたら、さぞかしすっきりすることだろうと、このアメリカのプロジェクトを心密かに応援していた。
ところが現時点ではこのプロジェクトも完成するまでは時間がかかるらしい。そうこうするうちに、こちらは80歳の大台に乗り、最近では目が悪くなった。こうなるといくらデジタル化されても、使いようがない。とうとうデジタル情報の恩恵に浴することなく、寿命が尽きるらしい。やはり生まれた時が悪かったと今では観念することにしている。