敬愛大学国際研究第30号について(その2)

大学の紀要は、読む人が少ないと書いたが、実際は読んでみると面白い。
最近出された敬愛大学国際研究30号には、中東問題の研究で有名な水口章教授や、西鶴研究で第1人者の畑中千晶教授が、自分の専門分野の論文を書いている。また、理科教育が担当の田口功教授は簡易顕微鏡の作成方法を具体的に書いていて興味深い。さらにドイツ中・近世都市史専門の山本健教授の「商人ブルカット・チンク(1396-1462年)の自伝の邦訳」がすこぶる面白い。この時代の商人の生活が生き生きと描かれていて感心した(結婚を4度し、子どもも多く、この時代幼い子どもの死亡率がきわめて高いなど)。

教育学、哲学、英語専攻の佐藤邦政講師が、高野・武内編『教育の基礎と展開』(学文社、2016年)の書評を書いて下さり、それに関連する内容に関する興味深いことを書かれている。

 それは、哲学者の鶴見俊輔が若い時、ヘレンケラーに会い、彼女のunlearn という言葉を、「学びほぐす」という意味に解釈し、それは、「型どおりにセーターを編み、ほどいて元の毛糸に戻して自分の体に合わせて編みなおす」こととと説明している、という興味深いエピソードの紹介である。
 「私たちは各自の実践と突き合わせながら、気が付かないうちに固定観念となっている見方や考え方について解きほぐす(ことが大事)」と佐藤氏は説明している。
 そして、高野・武内編の本について、「本書には、基本知識の習得のほか、意見、自明と思われがちな教育・保育に関わる事象について、読者が学びほぐす工夫がちりばめられている」と評価してくれている。

  私は好意的な書評にお礼を申し上げ、下記のようなメールを佐藤氏に送った。
 「佐藤さんの書かれたunlearn =学びほぐす というのは なかなか含蓄があり、面白いと思いました。
 昔母がよく、毛糸をほどいて新たにその毛糸で別のものを編んでいたことを思い出しました。ただ、今の世代では、使い捨ての時代ですから、それは実感としてわからないかもしれませんね。
(教育社会学の立場は)「われわれが生きている社会を相対化してみる」と竹内洋氏が言っているのを 私は引用しましたが(紀要30号128頁)、これと学びほぐすが、同じことなのか、どうかいろいろ考えさせられました。
常識を疑うというのは、哲学もそうだと思いますが、社会学も同じだと思います。教育に関しては、常識的なことはかなり重視されるので、教育社会学はそれを一度疑ってみようというスタンスをとるように思います。
 ただ、それは理論を実践の中で検証するというよりは、(実践自体がその時代の常識によって行われていることが多い為)、ことの起源から考えたり(歴史的視点)、他の国の例から考えたり(比較的視点)するように思います。」

 

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